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新日本すし紀行

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第27回 鹿児島県のさつますもじ

鹿児島県のさつますもじ

 「さつますもじ」とは薩摩の「すもじ」。「すもじ」とは「すし」のことをいう。いつのころだったか「薩摩には『男ずし』と『女ずし』とがあって、男ずしが酒ずし、女ずしがさつますもじだ」という話を聞いた(ような気がする)。それが本当かどうか、確認したのであるが、どのホームページにもそんな話は乗っていない。ということは、かの話は夢物語だったのだろうか。

 「すもじ」とは女房ことば。だから「女ずし」といってもおかしくはない。それにしても、「かもじ(=髪の毛)」、「しゃもじ(=杓子)」、あるいは「おかべ(=豆腐)」など、薩摩にはかずかずの女房詞が残る。上品で、どことなく古めかしくておもしろい。「よ〜し、今回の取材はかわいらしくやるぞ!」。女の子らしく軽いステップを踏んで出かけようとしたが、やめた! おじさんが演じたのでは、気味悪いばかりである。

 酒ずしが上流武士の豪華料理であったのだが、今となっては家庭からは遠ざかっているため、一般家庭での取材は無理、との話はよく聞いた。これに対し、「さつますもじ」は庶民のすしとして親しまれてきた。しかしこれもまた、一般観光客の目には触れにくいほど商品化されていない。いや、「めずらしいすし」というわけでなく、あまりにもありふれている、どこの家でもふつうに作るから、商品化がされにくいのである。

 そんなわけで、今回の取材の頼みは鹿児島民俗学会と鹿児島県庁である。どちらか一方だけでよいから、「さつますもじ」の取材を受けてくだされば…。祈るような気持ちでしばし待つと、非常に幸いなことに、双方から引き受けてくださった。ただ、どちらの方も「ふつうのおすしですよ」とおっしゃる。私は引かずに「それでもいいですから、ぜひ」と答えて、ようやく見学がかなったのである。ね、すしの取材ってのも、なかなか大変なんですよ。

 まず鹿児島民俗学会推薦の方である。
 講師の下野慶子さんは元・調理員で、料理には定評ある人だが、お酒はからきしダメである。代わりに、今は亡くなったご主人は酒呑みで、ゆく先々で「ノンカタ(飲み会)」があったとか。三島理恵さんは助手という役どころであろうか。若い時、住んでいるところが近かった縁で下野氏と知り合った。鹿児島民俗学会の元・会長、松原武実さんは大学時代の恩師である。その影響でわらべ歌研究家で、鹿児島民俗学会のメンバーでもある。そこに、同会の現会長・川野和昭氏も加わり、にぎやかに調理が始まった。

下野慶子さん(左)と三島理恵さん後ろでカメラを持つ男性が河野和昭氏

 昔は、何か事が起きるとこのすしを作ったものだった。だいたいが「白いご飯(これ自体がごちそうであるが)」であれば、やれおかずはどうだの汁物はどうだのと、かえって面倒なことになるが、このすしであれば「これだけで、よかたいね(いいでしょ?)」といって、皆が喜んだ。それほど手軽にできるすしであったが、今の人にとっては面倒である。まず、合わせ酢から作らねばならない。下野さんは「カンタン酢」があれば十分だというが、それでも「面倒!」という人もいる。家庭からすしが遠ざかるわけだ。

 なお、下野さんは「本当は鹿児島弁を使いたいんだが、本気でしゃべると、多分、全然わからないだろうから、今日は、標準語で話します」といってくれた。実際、地元の人々の会話が始まると、何をしゃべっているのか、まったくわからない。ゆえに、たいがいの言葉は、意味がわかった。ありがたい心遣いである。

ニンジンとタケノコは重要な具具を一緒に煮る

 今日は三島さんの買い出しで、カシワ肉、ニンジン、ゴボウ、干しシイタケ、ツイデコン(干しダイコン)、タケノコ、ツッキアゲ(ツカゲ、ツキアゲ=トビウオ、エソ(白身魚)など白身であれば、何でも揚げた。今は購入)、錦糸玉子、青ジソ(緑が欲しかったので入れた。本当はキヌサヤがよかったのだが、時期が違っていた)、海苔を買ってきたが、なにせ具の種類は決まっておらず、元来は食器棚の残り物で作るものであった。「今日だって、カマボコを買ってくるのを忘れちゃって」と三島さんが笑う。

 すし作りは、実に簡単に見えた。まずカシワ肉を炒め、次に具をまとめてシイタケの戻し汁で煮、合わせ酢を混ぜたすしご飯に混ぜるだけである。ただ、すしご飯は甘い。川野氏は「砂糖が割に入手しやすい土地柄であったんで、なんでも甘くするのが薩摩風ですよ」と教えてくれた。そういえば、ここはしょうゆも甘い土地柄である。なお、「酢」のことを鹿児島では「あまん」という。柿で酢を作ると発酵して甘くなるから、酢を「甘味」というようになったそうで(諸説あり)、酢自体が甘い土地柄なのかもしれない。

 脇を見ると、灰抜酒である「地酒」がある。「これは酒ずしに使うものでしょ?」と聞くと、「具を煮る時に使うんですよ」と三島さん。「あと、最後にすしご飯に具を合わせるでしょ。今はおしゃもじなんか使うけど、昔は手を使って混ぜてました。そのときの手水に、地酒を使うんです」。であるから、ほろ酔い気分になることもあるらしい。

具をすしご飯に混ぜる「地酒」
さつますもじさつますもじ。右にあるのはゴーヤの佃煮

 味は、なつかしい気がした。もちろん、下野さんと三島さんが作るすしは初めて食べるが、ニンジンやシイタケ、ゴボウ、タケノコなどの味は、どこか郷愁を感じさせるものであった。反面、すしにカシワ肉という組み合わせは初めてで、脂っぽくはないが特有の甘辛さが増して、不思議なおいしさである。不思議といえば、真っ黒い煮物が出た。食べてみると、クセがない。「なんですか?」と問うと、下野さんはゴーヤの佃煮だという。苦味は感じない、ビール、いや焼酎によく合いそうだ。もうひとつ、見慣れないものが出てきた。「ふくれ菓子という、鹿児島のお菓子よ」。黒糖入りの蒸しパンのようなものである。大きな鍋で作ったと見えて、お腹にズシンとくる。

下野さん調製・ふくれ菓子同・ふくれ菓子

 すしを作るのに、今日は桶を使ったが、昔はモロブタを使った、という三島さんの声があった。また、スシバラ(単に「バラ」とだけいう人もあり)という竹で編んだザルを使ったという川野氏の声もあった。土地によっていろいろである。

 また、川野氏がいうには、「鹿児島の料理は男がやるもんでした」という。すしにしても酒ずしという豪快なすしがある。なるほど、と思うが、「じゃ、さつますもじは?」と聞くと、「いや、これは女が作るもんですなぁ」と、旗色が変わってしまった。ま、これには各家の事情もあるもので、男が作る、女が作るとは、簡単にはいえないようで…。

 「私らは『さつますもじ』なんていわなかったよ。『ちらしずし』だったよ」と下野さん。川野氏も「そういや、うちも『ばらずし』だったなぁ」。「さつますもじ」なんて優雅な名前では呼んでなかったらしい。下野さんがいわく、「薩摩の人は『さつま』なんて地名をつけるなんてしないよ」。おぉ、名言である。


 続いては鹿児島県庁。鹿児島県食生活改善推進員連絡協議会の推薦の方々である。ここの北沢美由紀さんのご紹介で会長の大重加代子さんにお声がけをいただき、そこから、三反田千代子さん、井口順子さん、稲盛ハルエさんが集まってくださった。日々、食生活改善の研修活動をしておられるみなさんで、手さばきはテキパキと機敏である。しかも、食品に対する知識も豊富な方々で、「今まで全国を回った中でおいしかったすしは?」。これなどはまだよい方で、「酢の効用は?」「新たなレシピは?」など専門的な質問まで出てきた。さすが、食の専門家である。

甘く煮つけた具今回のきっかけとなってくださった北沢さん(左から2人目)

 こちらの作り方も、まずすしご飯を作ることから始まる。やはり甘めであることには違いない。具は、シイタケ、ツケアゲ、カマボコ、ゴボウ、タケノコ、桜島大根の切り干し、インゲン、錦糸玉子で、これらはすでに煮てあり、味がついていた。よって、あとは具を混ぜればできあがりである。

 ここでも「具って、これに決まっているものなんですか?」と聞いたが、「なんでもいいんですよ」と、みなさんがいう。「今日なんか、ニンジンを忘れちゃって」という声が出たかと思うと、「あら、ダメよ。せっかく取材に来てくれたのに、そんなこと、バラしちゃうなんて」との応酬が出る…。いくら食の専門家といえども、にぎやかなことには変わりがない。

合わせ酢を打つ大重さんすしご飯に具を混ぜる井口さんすしをつけ分ける井口さん(右)と三反田さん

 具は何でもいいとはいいながら、このすしの旬は春だという。「春だと木の芽も柔らかでしょ?」と大重さん。作るのも、いつでも作るとはいいながら、春の節句やお花見が多い。「だから、木の芽をたくさん使うのよ」。

 ところで、ここで気づいたことがある。ことばである。鹿児島に来るときはいつも誰かに「薩摩方言はむずかしい、どころではなく、外国語だぞ!」といわれたものである。ところがここでは何も感じず、普通に会話をしている。口には出さねど、みなさん、かの下野さんがおっしゃったように、気を使って話してくださったのであろう。多謝である!

今日の主役の「地酒」と酢

 さて、こちらのみなさんのところにも「地酒」の瓶があった。具を煮るのときに使ったのだというが、もうひとつの使い道は、試食の時に明らかになる。

 というわけで、試食タイム!
 こちらも具材の味がしっかりとついており、甘いすしご飯との合い口がいい。知らず知らずのうちにどんどんと口に入ってくるほどに、おいしい。付け合わせにキュウリの和え物にトマトにツケアゲなど。あ、ツケアゲといっても店売りのではない、自分で揚げるのである。ただし魚をすりつぶして…、ではなくて、揚げるだけにしてあるすり身をスーパーで買ってくるのであるが…。また、鹿児島銘菓・かるかんに加えて、ここでもふくれ菓子が出た。下野さんのとは違って、ひと口サイズにしてから蒸す。なるほど、こちらの方が蒸し上げる時間が短くて済む。

ふくれ菓子。小さく仕上げて、可愛らしいツケアゲを揚げるさつますもじ「地酒」を振りかける

 全体にやや薄味なのは「減塩」をしているためか。だれかが「昔のすしは、もっと味が濃かったわね」という。また「地酒」の使い方であるが、できた「さつますもじ」の上から振りかける。もちろん、酔っぱらう。「昔は女なんて、大っぴらにお酒なんか、飲めなかったでしょ? だから、ここぞとばかりに振りかけたものよ。今は、研修会の時は、みなさん、車で来られるから『地酒』は入れないけど」という三反田さんは、かなりの酒豪と見た。稲盛さんも「私は酎ハイが好き」だという。

 薩摩といえばイモ焼酎の本場である。したがって、薩摩の酒飲みといえば「焼酎呑み」であって、何度もいうが「清酒飲み」ではない。かといって、飲めない人もいる。井口さんがそうで、「ワインゼリーみたいなお菓子でも酔っちゃって、鼻の周りがムズムズしてくるんです」と、顔を赤らめる。

左から、井口さん、大重さん、三反田さん、稲森さん、北沢さん左から、井口さん、大重さん、三反田さん、稲森さん

 最後にすしの名前を聞いたところ、「さつますもじ」であるといった。しかし「『さつますもじ』というとタイやエビが乗っている、ちょっとぜいたくなイメージが強い」ともいうのは大重さん。「そうでないのは『混ぜずし』というかしらねぇ」。どうやらここでも「さつますもじ」とは、お上品なすしのイメージだ。

大久保利通

 ここで、鹿児島の偉人・大久保利通にご登場願おう。彼は郷土のすしが好物で、とくに、ひな祭りやお祝いのときに身近な食材を使って家庭で作る「さつますもじ」などは、自ら作って食べることもあった、という家族の証言もある。下級武士上がりの大久保には、豪華な酒ずしではなく、質素といわれる「さつますもじ」の方が好みだったのであろう。

 しかしもっと位の下がる庶民たちは、その「さつますもじ」すら上品なごちそうであり、名前も「ちらしずし」や「ばらずし」であった…。そう考えると「さつますもじ」の立ち位置がわかってくるような気がする。「ちらしずし」や「ばらずし」とは違って、庶民に愛されつつも、ちょっとだけぜいたくな「さつますもじ」。そんな立場にいるのではないか。

 さりげなく、そして力強く、薩摩の人々を心から応援してくれる「さつますもじ」。そんな姿に、薩摩弁はわからないであろう私のために、ひそかに気を使って下さったお母さんたちの優しさを感じてしまった。あたたかな旅であった。



日比野 光敏(ひびの てるとし)
1960年岐阜県大垣市に生まれる。名古屋大学文学部卒業、名古屋大学大学院文学研究科修了後、岐阜市歴史博物館学芸員、名古屋経済大学短期大学部教授、京都府立大学和食文化研究センター特任教授を歴任。すしミュージアム(静岡市)名誉館長、愛知淑徳大学教授
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