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新日本すし紀行

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第2回 秋田の赤ずし

秋田、県北の盆料理

秋田、県北の盆料理

 盆が近づくと、何かと忙しいのはどこでも同じだろうが、秋田県北部の大館周辺の主婦たちは「赤ずし」を作るのに余念がなかった。「赤ずし」は地方によって「赤漬け」や「赤まんま」などとも呼ばれる、魚っ気のまったくない、めずらしいおすしである。
 作り方は家によって多少の差はあるが、私がいつもお世話になっている大館市二井田の小畑昭子さんの作り方は、蒸したもち米に酢、砂糖、塩を混ぜてすしご飯を作り、そこに梅酢で漬けた赤ジソを混ぜる。これを桶に入れ、落としぶたと重石を乗せて、4~5日ほどおいておくと、できあがりである。人によってはそれ以上おくのを好む人もある、という。「昔はここにキュウリやミョウガの古漬けも置いたのよ。だけど、若い人なんか古漬けなんてのは知らないから、手が出ないわよ。ただでさえ、酸っぱいのは食べないから」と小畑さんは苦笑い。


秋田、県北の盆料理秋田、県北の盆料理

秋田犬の町、大館

 さて、大館市は秋田犬の街といっても過言ではないだろう。古くは東京、渋谷の忠犬ハチ公、新しくはロシアの妖精ザギトワのマサルまで、たくさんの名犬を輩出した。本来の秋田犬とは中型犬だったが、大型の西洋犬と掛け合わせられ、純粋の品種は絶滅危惧種になってしまった。
 ここで立ち上がったのが地元で、純粋種の復元に努力をし、昭和6年、天然記念物に選ばれた。なんでも日本初の日本犬の指定だったという。ちなみに「秋田犬」と呼ばれたのはこの時からで、それまでは「大館犬」と呼ばれていたそう。なるほど。やっぱり秋田犬の故郷・大館である。

秋田犬の町、大館秋田犬の町、大館


将来の「赤ずし」

 「今の娘さんたちは、もち米の蒸し方も知らないんじゃないかしら」というのは、小畑さんが属する「陽気な母さんの店」の会の代表、石垣一子さん。「このあたりは米どころだといわれるけれども、ちょっとはずれなんです。だからもち米を蒸しておすしを作るなんて、本当にぜいたくですよ。でもご先祖様という大切なお客様を招くんですから。心からのおもてなしでしょうね」。そのことばどおり、お盆の時にはお墓をきれいに掃除して、そこに「赤ずし」をはじめとしたごちそうが供えられる。
 小畑さんは「昔と同じじゃ、今の人は着いてこないわよ。少しずつでも新しいものを取り入れなきゃ。赤ずしだって同じよ」という。でも、一度形を変えてしまうと、その復元が難しかったのは、かの秋田犬で懲りたのでは…。
 一瞬そう思ったが、昔の姿をしっかり記録したうえで、新しく変えてゆけばいい。昔の「赤ずし」の味と今、そして未来の「赤ずし」の味を比較できたら、それはそれで、確実に楽しいことではないか。

将来の「赤ずし」将来の「赤ずし」

日比野 光敏(ひびの てるとし)
1960年岐阜県大垣市に生まれる。名古屋大学文学部卒業、名古屋大学大学院文学研究科修了後、岐阜市歴史博物館学芸員、名古屋経済大学短期大学部教授、京都府立大学和食文化研究センター特任教授を歴任。すしミュージアム(静岡市)名誉館長、愛知淑徳大学教授
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