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新日本すし紀行

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第4回 手こねずし・おんこずし

漁師の「男飯」・手こねずし

漁師の「男飯」・手こねずし

 日本有数のリアス式海岸である三重県志摩地方。多彩な海岸線が楽しめるとともに、奥まった入り江は水深が深く、真珠の養殖をはじめとして伊勢エビやアワビ、サザエ、また数々の魚類の絶好の漁場となっている。この地方の郷土料理に「手こねずし」がある。獲れたてのカツオを船上でさばき、切り身を手で混ぜてちらしずしを作る、という豪快なもの。漁師の男性料理、いわゆる「男飯」である。

 とある料理屋で食べた手こねずしは、なるほど、なんの飾り気もない。下のすしご飯には大葉と土ショウガが刻んであるだけだし、上に広げられたカツオは1〜3分ほど漬けダレにつけたもの。しかもそのタレは、醤油と砂糖とみりんだけだという。そんな簡素さが、男料理を魅了させる。


志摩の海岸美映画「喜びも悲しみも幾歳月」の舞台となった安乗埼灯台あわび絵馬が下がった鳥居。波切神社にて料理屋で食べた手こねずし

もうひとつの名物・おんこずし

 志摩市志摩町は志摩半島の南端。そこの旅館や民宿の女将さんらが作る「志摩いそぶえ会」の皆さんが、もうひとつの郷土料理・おんこずしを作ってくださった。カツオやアジ、ウルメイワシなどの握りずしで、手こねずしほどメジャーなものではないが、握りも大きく、これまた漁師の「男飯」である。「おんこ」の意味は定かではないが、一説にはすしのかたちが子どもを背負った姿に似ており、「負う子」から来ているという。

 作り方を観ていると、とにかく手早い。魚は、カツオは薄い切り身にし、塩と砂糖を等分に混ぜたものを振りかける。30分ほど置いて、さらに裏返して30分置くと、鮮やかな赤色に変わる。アジやウルメイワシ、そしてコノシロは塩をして、こちらも30分ほどおく。かたや、すしご飯は、普通の握りずしからは想像もつかないほど、大きく握る。「昔は茶碗1杯もあるご飯を握ったのよ」と語るのは太田敬子さん。「でもそんなんじゃ、いろいろな魚のおすしが食べられないでしょ? だから小さめにするの」。よく見ると、握りの大きさは、俵形と三角のがある。「カツオ用には三角の、そのほかの魚のは俵形」というが、もともとはすべて俵形。カツオだけ三角のにするのは最近のことで、切り身の形に合わせたのだという。

 また、握りの上下にカツオの切り身を置いたり、カツオの下に大葉を敷いたり、変わったバージョンもある。それも最近の傾向だというが、別の人は「食べる人の好みに合わせるのよ」と、雑作もない答えが返ってきた。

 和気あいあいとお話をしてくださる志摩いそぶえ会の皆さんは、元気で賑やかに、郷土料理を次世代に伝えている。


おんこずしを作る志摩いそぶえ会の皆さんおんこずし。奧左がアジ、奥右がカツオ、手前がウルメイワシ

真の「男飯」は女性たちが?

伊勢市で酒店を営む西村ご夫妻

 町の酒屋の西村善彦さんも、カツオが大好きである。「手こねずしは、祭りの時によく作ったもんです。今は、なんでもない時にも作りますけどねぇ」と目を細める。「カツオ以外の魚でも作りますよ。その時のものを使うもので、夏はアジで作ります」というのは奥さんの美紀さん。「アジはタレに漬け込むのではなく、塩を振ってしばらく置いて、すしご飯と混ぜて、大葉やショウガを乗せて食べるんです。さっぱりとしておいしいですよ」。するとご主人が「魚はカツオが一番」といって笑う。こればかりはゆずれないらしい。

 おふたりのことばで注目すべきは、「魚をふんだんに使うのは、商売人は嫌がります。高いですからねぇ」なるひとことだった。志摩いそぶえ会の皆さんは手こねずしも作ってくれたが、そういえば、カツオはたくさん入れて、「これこそ本場の漁師の味よ!」と教えてくれた。タレは、さらにシンプルな、醤油と砂糖だけ。しかも、桶の底の方にはカツオをたくさん忍ばせておくのが「親切な手こねずし」だという。「桶から取って茶碗につけるとき、下の方がご飯ばかりだと、それが茶碗の上に来ちゃうでしょ。ご飯がたくさんに見えて、安っぽく見えちゃうから」。う〜ん。冒頭で書いた料理屋の手こねずしは、カツオはご飯の上に乗せてあった。盛り付けは「上品」だが、豪快さが失せてきた。

 本場・漁師の「男飯」は、女将さんたちが作る郷土料理の中に生きている、というわけか。


大葉やショウガで彩りよく志摩いそぶえ会の手こねずし

日比野 光敏(ひびの てるとし)
1960年岐阜県大垣市に生まれる。名古屋大学文学部卒業、名古屋大学大学院文学研究科修了後、岐阜市歴史博物館学芸員、名古屋経済大学短期大学部教授、京都府立大学和食文化研究センター特任教授を歴任。すしミュージアム(静岡市)名誉館長、愛知淑徳大学教授
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