新日本すし紀行
第17回 ミョウガは食べない、ミョウガずし(岐阜県)

「ミョウガずし」というと、すしご飯の上にミョウガの実(正確には花)の甘酢漬けを乗せたものが有名である。以前、このコーナーでも紹介した、高知の田舎ずしの中にあるようなかたちである。最近では岐阜県でも、恵那市の道の駅などで売っている。「海なし県」である岐阜県らしい山の味覚で、初夏から夏の料理である。
しかし、美濃加茂市周辺にのみ見られるミョウガずしは、ミョウガは食べない。これがこのあたりの、昔からの伝統料理だという。しかも、すしの具は、なんと海魚のサバ。なにか、謎めいたすしの予感がしてきましたよ。
美濃加茂市蜂屋にある、美濃加茂市民ミュージアム。ここには古い養蚕農家が復元してあって、そこで昭和30年代の暮らしが体験できる。また、定期的に開いている「四季を食べる講座」では、学芸員の林悦子さんがボランティア団体「伝承料理の会」と一緒になって郷土の味を伝える努力をしている。その会の2班、福住広美さんら5名の方々が集まって、今、話題にあがったミョウガずしを作ってくださった。
まず、準備である。すしの材料は、ご飯と調味料のほかには塩サバだ。これは塩抜きして酢に浸けておくが、今日のところは市販の酢サバである。それと、最初に目についたのが、見慣れぬ葉っぱ。あ、もしかしたら、これが…? 「そう、ミョウガの葉ですよ」と福住さん。青々した幹色が新鮮さを物語る。
そんな中、私の同行者が、「どうしてミョウガは入れないんですか?」と尋ねる。林さんが「そういえばミョウガは入れないわねぇ、って、私たちも以前、先生にいわれて気がついたんです」と説明する。「先生」とはこの私。その「先生」は「カキの葉で包むからカキの葉ずし、ササの葉での包むからササずし。それと同じで、ミョウガの葉で包むからミョウガずしというんですよ」と説明した。



さて、食台の一方ではすし作りが始まる。手順は簡単…、のように見えるものの、実際はとんでもない。白いすしご飯を小さく握り、上に酢サバの切り身をのせて、さらに握る。ここまではよいのであるが、これをミョウガの葉で包み込む段になると、まず、2枚のミョウガの葉っぱを十字に組み、その葉っぱを止める…。ここの段が、何回説明されてもよくわからない。ホワイトボードに「葉っぱの包み方」は書いてあるのだが、「人によってバラバラだわね」。要するに、包み方は書いておくが、個人的には個人なりの方法がある、とのことだ。うーむ…。考え込む私の横で、山岡吉子さん、渋谷たゑ子さん、日比野真弓さんたちが、どんどんとすしを握り始める。
「食べるのはちょっと待った方がいいわよ。味がなじんだ方がおいしいから。一晩押しておくと、ちょうどいい頃合いね」と山岡さんがいう。本来、包んだすしは木箱に詰めて、押すのだが、今日はたくさん作るわけではなかったので、木の箱は使わず、金属製のバットを用いた。すしを全部詰めるには、この大きさのバットでは小さすぎるように思ったが、「ぎゅうぎゅう詰めでないとダメなのよ」と福住さんはいい、とうとう20個ものすしを詰めてしまった。その上からまな板と重石を乗せて、さらに押す。






結果、押しは約20分ほどという「超早め」でいただいた。さっき握った時はやわらかかったが、箱に詰めて押してあるから、きれいな四角に仕上がっている。すしは上からばかり押すのではなくて四方八方から押しがかかるから、きれいな直方体になるのである。「そうよ。これ、横からも押さないと、せんべいみたいになっちゃうわよ」と笑う。
味は、甘めである。「昔は砂糖が貴重で、ごちそうの時しか使えなかったんです。その影響でしょうね、「ごちそう」というと砂糖の味を効かせるんですよ」と林さん。今日のは、しっかり「ごちそう」である。



そういえば、市内の中蜂屋大仲寺にある神明神社では「サバずし祭り」というのがあった。その「サバずし」というのがミョウガずしである。林さんは膨大なメモを繰りながら、「7月の祭りに、サバずしをお供えするんです。一緒にみんなも食べるから、祭りの2日前になると、地区の人が集まってわいわいとにぎやかに、250個ほども作ったそうですよ。しっかり押すもんですから保存はききますけど、その分、とても固いものだったらしいですよ」と語る。でも「数年前でしょうか、保健所の関係からか、衛生的に問題があるというので、やめてしまったんですけどね」と、ちょっと寂しそうだ。
他の地区でもそんな風習はないかものかと、住まいが大仲寺の隣の地区だという大矢真妃さんに聞いてみたが、「すみません、わからないです」との返事であった。せめて今から神社だけでも見たいものだと思ったものの、土砂降りで、神社まで行くのは不可能そうだ。ああ、残念!
私たちは美濃加茂市民ミュージアムに別れを告げて、帰途に着いた。その途中、同行者が「カキの葉だってササの葉だって、ふつうは食べないでしょ? だけど、ミョウガは食べられるじゃないですか。だからミョウガずしだって、ミョウガが入ってると思うけれども、どうしてサバだけなんですか」と、まぁ、当然といえば当然の疑問を出す。
たしかに福住さんは「昔はサバだけでしたが、今の時代、なんでものせるようになって、ミョウガを刻んだり梅酢に浸けたりして、入れる人もありますよ」といった。そのことを伝えてやると同行者は「あぁ、ミョウガを食べることもあるんですね。よかったぁ」と答えた。
この同行者。どうやらミョウガが大好きで大好きでたまらないらしく、それだけに、安心したようであった。


