新日本すし紀行
第3回 「ずいき祭り」とめずし(タデずし)
御上神社の「ずいき祭り」
10月10日。「近江富士」の別名がある滋賀県野洲市の三上山は、この時期、入山は有料となる。なんでも「マツタケが出るから」だとか。もちろん今はそんな貴重品にお目にかかることはなく、老若男女がさまざまに山登りを楽しんでいる。
ふもとにある御上神社は養老2年(718)の創建で、藤原不比等の勅命により造営されたと伝えられる。そこの氏子たちによって、毎年10月の第2月曜日(スポーツの日)に、国の重要無形民俗文化財の「ずいき祭り」がおこなわれる。「ずいき」とはサトイモの茎のことで、これで作った神輿(「お菓子盛り」という)は著名。また、長之家、東座、西座の3つの宮座(ミヤザ。氏子の祭祀組織)でおこなう直会(ナオライ。酒を酌み交わす)儀式や、夜には猿田彦の舞や子ども相撲も含めた「芝原式」など、関連神事は約1週間にわたり、それらの祭りの本日(ホンビ)がスポーツの日である。が、令和2年、3年と、これらの行事の大半は、コロナのために簡素化して実施された。
「ずいき祭り」とめずし(タデずし)
「ずいき祭り」に付き物といわれるのがめずしである。タデずしともいう一種の「ばらずし」で、材料はすしご飯とちりめんじゃことタデの粉だけ。このすしは氏子の家々ではどこでも作って食べるし、また、「ずいき祭り」の中には、このすしを肴にして酒を飲む儀式までがある。味は、実にシンプルな味わいで、ほんの少し、ほの辛い。
この種のすしで一番困るのは、一般の人が食べるのが難しいことである。そんな悩みを抱えつつ訪ねたのは、今堀正さんのお宅である。洋品店を営み、また三上山の入山券も扱っているが、古くは御上神社の宮大工の家柄だという。家の奥では妻のはる子さんが、大きな半切りを前に、待っていてくださった。
めずしを食べてみよう!
「ご飯はコンブを入れて、水を控えめに炊くのよ。炊き上がったらお酒をごく少量、振りかけて、しばらく蒸らすの」といい、「その間に、砂糖と塩とうまみ調味料を酢に溶かして、蒸らしたご飯に混ぜるのよ」と、すこぶる手際がよい。あとはちりめんじゃこを混ぜ、最後にタデの粉を振るとできあがりである。
「とにかく、タデの粉とじゃこをまんべんなく混ぜないと。じゃこも白いのはどこに入っているのかわからないから、少し大きいじゃこじゃないとダメ」と手忙しくしゃもじを混ぜる一方、「昔のじゃこは大きかったわ。だしじゃこ(煮干し)くらい大きいのもあったもの」と、昔ばなしも。
それにしても、一軒で食べるにしては大量にある。聞くと、欲しい人に売っているのだと店の片隅を指差した。「うちはちゃんと保健所に届けを出していますんでね」と正さん。これならば、観光客も気軽に食べられる。
作り方は簡単でも、容易に作れると思ったら大間違い。タデの粉は市販していない。「畑に作ってあるけど、干して、葉っぱを取って、ごみを取って…」と、お手間いりだ。「タデの粉だけわけて」という人もいるが、丁重にお断りしているという。やはり美味しいすしを食べるには、手間をかけないと無理である。