新日本すし紀行
第7回 進化するすし、しないすし ?豊川いなり寿司の巻?
愛知県豊川市は全国的にも有名な豊川稲荷の門前町。JRや名古屋鉄道の豊川駅から稲荷までの参道は5分ほどの距離で、多くの飲食店が立ち並ぶ。中でも多いのが名物・稲荷ずしの店で、さすが「豊川稲荷の街だ」と実感させられる。
豊川稲荷のすぐ目の前で店を構える「門前そば 山彦」。開店100年以上の歴史を誇る?料理の店だが、「元祖いなほ稲荷寿し」の店として、多くのファンが詰めかけるところでもある。昔ながらの味がこの店の売りであるが、その実情はちょっと異なり、100年の間、変わらぬレシピを守り続けてきたわけでもない。社長の山本芳世さんは「昔は稲荷ずしといっても、中身はオカラだったんですって。それが世の中が落ちついてくると、白いお米に変わったのね。それからキクラゲを混ぜたものになって、さらに五目ずしになったんです。今から50年ほど前のことですよ」と昔を思い出す。
「この店の味は、豊川市民には懐かしい味だと思いますよ」と語るのは、豊川市観光協会の鈴木一寛さん。「NPOみんなで豊川市をもりあげ隊」の理事長でもある。豊川市では幼稚園児の頃から「お昼のお弁当には稲荷ずし」といわれるくらい、稲荷ずしは市民の味として親しまれている。「油揚げはジューシーで、ご飯も甘じょっぱくて」、まさにその味を伝えるのがこの店の稲荷ずしだと頬を緩める。
「豊川いなり寿司で豊川市をもりあげ隊」はご当地グルメでまちおこしの祭典!B-1グランプリの大会で全国いろいろなところへ出かけるが、稲荷ずしもさまざまあることを知った。「やっぱり『味の濃さ』が豊川らしさじゃないですか」と鈴木さんは語る。しかしながらご当地グルメでまちおこしの祭典!B-1グランプリへの出展で、これまでの甘い稲荷ずしとは異なる、「大人の味」を発表した。それは葉ワサビと練りワサビを使ったピリ辛の稲荷ずしであった。「山彦」の山本社長がいうように「昔からの味つけを守ること」は大切であるが、今の世にも合う稲荷ずしの模索をもしている「豊川いなり寿司で豊川市をもりあげ隊」である。
門前におしゃれな空間を見つけた。「松屋」である。もともとウナギ料理の店であったが、10年ほど前に稲荷ずし屋に鞍替えしたという。「私たちは『稲荷ずし屋』ではなくって『和食屋』だと思っているんですよ」と語るのは、この店の4代目の女将・久保田久子さん。いただいた名刺には「和食処 松屋」とあった。
「地元・豊川はもちろん、三河地方には美味しいものがたくさんあるでしょう? それを伝えるための一手段が稲荷ずしだったんですよ」。そのことばどおり稲荷ずしのトッピングはいろいろで、鳳来牛や愛知鴨をはじめとして、 大根の千枚漬けや新ショウガ、またユズ酢を使ったものや五目ずし、果ては“あんきな” (あんこの上にきな粉を振りかけたもの)や、イチゴなどのデザート感覚のものまで、創作稲荷ずしがこれでもかというくらいの勢いで並ぶ。
「酢の味ってオールマイティなんですよ。でも、それでは昔ながらの味つけではなくって、油揚げを軽く仕上げること。だからうちでは酢の味にもこだわっているし、砂糖だってキビ砂糖を使っているんです。基礎の味がしっかりしているから、トッピングは何だって合うんです」。
食べ歩き用の「アゲット」なる稲荷ずし(の進化形)をも考案した。身体にもよいヘルシーな健康食品として、油揚げは海外の人からも注目される味だと確信する久保田さん。次なる目標は稲荷ずしの海外進出だという。決して無茶な夢ではない。がんばってほしい。
そんな豊川市で生まれ育った天野佑心さん。現在、中京大学総合政策学部の学生であるが、小さいころから慣れ親しんだ稲荷ずしをどうしたら地域のブランドとして活かせるか、日夜、研究している。豊川いなり寿司は、こんなに若い人からも、次代につなぐ夢として、大きな期待がされている。