ご当地ずしの魅力


第9回 素朴なすし
第9回目は、「素朴なすし」をご紹介します。
すしはごちそうです。ふだん食べられないものをたくさん食べたいですよね。
でも、昔のことを考えてください。いくら特別の日であっても、いくら大好きなものを食べたいといっても、毎日の生活すら困るような暮らし向きでは、できるぜいたくは限られてしまうのでした。
それでもなんとか気持ちをカタチに現したい、ぜいたく感を出したい。そんなとき、人はお金をかけずに、手間をかけたのです。
同じ手間なら、ヒマをかけたのです。たとえどんなにめずらしくても、お金を出せばなんとか手に入るタイと、たとえどれだけ安い魚でも、実際にそこに行き、粘って釣らないと絶対に手に入らないアジと、どちらの方が人は喜ぶでしょう。すしもまた、同じなのです。
栃木県 俵ずし

戦前、東京の街で売っていた稲荷ずしは、四角い油揚げの真ん中を、かんぴょうがくるりと巻いてあるものでした。今はすっかり見なくなってしまったその頃のすしが、栃木ではまだふつうに見ることができます。さすが、かんぴょうの里、栃木。味はそんなに違うわけでもないですが、ひとつひとつがこうやって巻いてあるのって、かんぴょうを巻いてるおばあちゃんの姿が、食べるときに眼に浮かんでくるようです。
山梨県 握りずし

「握りずし」っていっても、ふつうの握りずしではありません。でも写真を見ると、「やっぱり『握りずし』だな」といってしまうでしょう。これは、すしご飯をおにぎりにしてあるだけなんです。手前の赤いものはすしご飯に干しエビを混ぜたもの。主に結婚式などのおめでたごとに使います。奥の黒い方はヒジキが混ざっていまして、葬式や法事などに使います。乾物で作るおすし。もちろん、今の社会ではありません。
島根県 箱ずし

このすしの写真を見て「まぁステキ!」って叫んだ人も多いでしょう。でもこれ、お金は案外、かかっていませんよ。すしご飯には具が混ざっていますが、ふつうのちらしずしに入れる具をみじん切りにしてちらし、上に置いてある具はでんぶとパセリ、紅ショウガに玉子焼き…。農家だったら、ほとんどタダで手に入るものばかりです。でも、手間をかけて朱色の器に盛れば、こんなにも立派で華やかなおすしになるのです。
宮崎県 ばらずし

ニンジンやシイタケ、油揚げなどを炊き、甘辛く味をつけた具。これをすしご飯に混ぜたおすしは、ここだけにかぎらず、全国にありますよね。素朴で、ごちそう感は薄くなりました。でもここ宮崎の、主に南部地方では、これにちょっとしたぜいたくをします。海に近いところでは「ミナ」と呼ばれる巻き貝を取ってきて、ゆでてからすしに入れます。山間部では飼っている鶏肉をつぶし、すしに入れてごちそうにします。
