すしの歴史(10) 回転ずしの誕生
昭和13年(1938)、満州・大連で、1軒の天ぷら屋が店を出しました。その店は氷の天ぷらを出して一躍有名になりましたが、終戦で帰国。昭和22年(1947)、大阪府布施市(現・東大阪市)で小料理屋「元禄」を出します。ここでも氷の天ぷらが名物となり、店は大繁盛。やがてすし屋「元禄寿司」も始め、店はますますにぎわいますが、それだけに、人材不足に悩む毎日でした。
そこで考えついたのが、コンベアーですしを回すことでした。試行錯誤の結果、試作品が完成し、昭和33年(1958)、ついに「廻る元禄寿司」が開店したのです。
(廻る元禄寿司所蔵: http://www.mawaru-genrokuzusi.co.jp/history/)
これがまた一般には受けまして、皮肉なことに、人材不足のために考案した店が、さらなる人出を要求し始めたのです。昭和45年(1970)、大阪府吹田市で日本万国博覧会が開催され、「廻る元禄寿司」も出店しました。もちろん大評判になり、回るすし屋は日本中に知られることになります。
このすし屋が好まれたのは、すしを乗せた皿が回るという面白さもあったのですが、それ以上に、すしを1皿いくらと明記し、しかもそれを安い価格に抑えたからでした。「すし屋へ行くと、いくら取られるかわからない」という従来のすし屋に対するイメージを払拭したのです。
回転ずしが登場してから60年。その人気は今も変わりません。それどころか、技術は日に日に進歩しています。最近の回転ずし屋ではすし皿だけでなく、うどんやそば、ラーメンをはじめドリンク類やデザートまで、ファミリーレストランのようにたくさんの食べ物が回っています。これも、新しいすし屋の流れなのかもわかりません。