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すしの歴史(4) 各種すしの歴史

箱ずし

すしが酢を使わず、発酵させていた時代。作り方としては2通りありました。一つは、できあがりが1匹の魚の形をしている「姿ずし」。ほら、アユずしとかフナずしを想像してみてください。頭も尻尾もついていて、まるで一匹の魚のようでしょう? でも、たとえばサケのおすしなんかはどうでしょう。あれは漬ける魚が大きすぎますから、サケを切り身にしてからご飯に混ぜて漬けますね。これを「切り身ずし」といいます。

発酵させるすしは、やがてご飯に酢を混ぜた早ずしへと変わってゆきます。この「切り身ずし」は容器の中に、すしご飯と魚の切り身が入っている、つまり「箱ずし」になりました。はじめは、具は生の魚ばかりでしたが、次第に、煮た野菜なども使われるようになります。押す箱も、うんと大きくなったり、逆に小さくなったり。さまざまなバリエーションが生まれます。

箱を大きくしたのが、山口県の「岩国ずし」や高知県の「こけらずし」でしょう。深い箱の中で何段ものすしを作り、切るときはノコギリのような大きな包丁を使います。長崎県の「大村ずし」は、昔は脇差を使って、すしを分け与えたそうです。

最も進化したといわれるのが、大阪の箱ずしです。江戸時代の半ばになると具の量を増やし、明治時代には2寸6分(8.5センチ)角の箱の中にサバやアナゴ、玉子焼きなどをきれいに並べつけ、「2寸6分の懐石料理」と賞されるものまで現れました。

巻きずし

江戸時代の半ば、宝暦から天明年間の頃でしょうか。とある昼間、江戸の町の料理屋の2階で、ひとり、酒を飲んでいる商店の主人がおりました。商店とはいっても大坂の大店ではなく、江戸の札差(米の売買の仲介人)の当主くらいなものです。そんな男が、酔いも回ってきたのか、料理人に文句をつけています。曰く、「オレはここにある料理なんか、食い飽きた。今までに食ったこともないようなもの、たとえばこのサバずし。メシと魚とがひっくり返ったすしにしてみろい」と。

いくら酔っているとはいえ客は客。料理人は一生懸命考えて、すしご飯とサバの位置を逆転させます。魚にご飯を抱かせるのではなく、魚を細い芯にして、その周りをご飯で固め、輪切りにして出そうとしました。ところがそれでは外側にご飯が出るため、手にべたつきます。そこですしの外側に、和紙や魚の皮を巻きつけました。しかし今度は、いちいち口の中から和紙や魚の皮などを出さなければなりません。同じことなら、そのまま食べられるもので巻いたらどうか?

こうして生まれたのが巻きずしで、やがて全国に広がります。海に近いところではノリやコンブ、ワカメなどが、山の中ではタカナの漬け物などが巻く材料として使われました。芯も、魚から卵焼きやかんぴょう、ニンジンなどへと、精進モノに変わってゆきました。

稲荷ずし

油揚げの中にすしご飯。私はこれも、姿ずしの変形であると思っています。というのも、この稲荷ずしは、出始めた江戸末期には、切られて売っていたのです。たとえば嘉永5年(1852)に出た『近世商賈尽狂歌合』には、提灯を灯した露天店で、稲荷ずし売りが包丁を前にしながら「一本が16文、半分が8文、ひと切れ4文」と歌うところが見えています。包丁を持って稲荷ずしを売り歩くのは、ほかの資料でもよくみられることでした。

このように稲荷ずしは切って売るのですから、油揚げは四角いのが決まりでした。しかし今日では、東日本は四角なのに対し、西日本は三角。境界線は石川県から岐阜県、そして三重県へと抜けています。このラインは「関東」と「関西」を分ける線(愛発、不破、鈴鹿の関を結ぶ線)とも一致し、正月雑煮の四角と丸の境界もほぼ同じです。

油揚げの形だけではありません。中に詰めるすしご飯も、何も混ぜないか、混ぜても麻の実やゴマていどの白いすしご飯である東方に対し、さまざまな具を混ぜた五目ずしを詰める西方と、これまたきれいに東西が別れます。

なお、稲荷ずしはふつうのすし屋では、あまり好まれるものではありませんでした。一つは油で、手がベタつくから。もうひとつの理由は、稲荷ずしはあまりに安いため、自分たちの握るすしとは違うのだと、黙って主張していたのかもしれませんね。

ちらしずし

江戸時代後期の料理本『名飯部類』(享和2年 1802)に「おこしずし」「すくひずし」というすしが出ています。すしご飯に具を切り入れて混ぜ合わせ、箱に詰めて重石をかけておくもので、食べるときはご飯をヘラで掘り起こします。今の時代にはほとんど見られませんが、それでも静岡県伊豆地方や京都府北部、佐賀県白石地方などには、わずかに残っています。

これらのすしは、宴席にはこのまま出されます。掘り起こすのは宴席にいる人、つまり昔は男の人でした。しかも、お酒が入っています。そういう人がスプーンを使いこなすのは結構むずかしい。酔った手で四苦八苦しながら、ようやく小皿にとりますが、とったすしは、せっかく押さえたのにグチャグチャ。見るも無残な姿です。

「それだったら、最初から押さなくてもいいんじゃない?」 こうして、すしの中ではただひとつ。めずらしい「押さないすし」ができたのです。これがちらしずしです。具材は「シンプルでもよし、豪華ならなおよし」。今では最も簡単にできるおすしとして知られています。

「ちらしずし」の類語に「五目ずし」というのがあります。「どちらも同じ」とするのが今の日本ですが、ある地方だけ、「このふたつのすしは違う」というところがあります。それは静岡県。ここでは、白いすしご飯の上から具をふりかけるのがちらしずし、具を混ぜてしまうのが五目ずし、なのだそうです。

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