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第5回 山梨のすし屋のスタンダード
 ワインに〆さば?

はじめまして。小倉ヒラクです。僕は「発酵デザイナー」という肩書で、日本各地の発酵文化を訪ねる仕事をしています。 この連載では、おすし文化の進化系をご紹介していきます。

人口あたりのすし屋数日本一の海無し県

ワインに〆さば?山梨のすし屋のスタンダード

 僕の住む山梨県は、山に囲まれた”海無し県”。なのですが、人口あたりのすし屋の密集度が全国トップのすし屋大国でもあります。

 「なぜ海の幸がないのにそんなにすし屋が多いのか?」

 と訝しむ人も多いと思いますが、おすしはそもそも保存食。魚のたんぱく質を長く持たせるための知恵の結晶なのです。
(詳しくは僕の過去の記事をご覧あれ)

 海から遠い「から」おすしの技術が必要になるのですね。

 さてそんな知られざるおすし大国、山梨。街場のおすし屋さんで出てくるのは、通常の握りずしよりもシャリが多め、ネタも大きめ。タレに漬けたり酢で〆たりして、鮮度の良さよりも職人の仕込み技術が問われるものがメインです。

 かつて愛知県半田で、江戸時代に食べられていたおすしを再現した「はやずし」を食べたことがあります。シャリは特大、ネタのほとんどが漬ける、〆る、煮るなどの職人仕事を経たものでした。
(一貫あたりの量が多すぎて5貫でギブアップ。肉体労働の多い昔の人の胃腸は軟弱な現代人とはぜんぜん違う!)

 山梨の昔ながらのおすしもまた、江戸前ずしの名残、フレッシュな海の幸ではなく、魚介の加工食品としてのおすしの末裔なのですね。

ワイン✕すしのマリアージュ

 山梨のすし屋にはもう一つ変わった個性があります。それは、すしに合わせるお酒がワインであること。

 奈良時代からブドウを栽培していた山梨は、日本で最初にワインを産業化した土地でもあります。

 明治初期に、高野正誠と土屋龍憲の二人の青年がフランスに渡り、ワイン醸造の技術を習得。奈良時代から山梨に根付いた甲州ブドウ(白ワイン)や、土着の山ブドウとアメリカ系ブドウを交配したマスカットベリーA(赤ワイン)など、本場ヨーロッパとは異なるブドウでどぶろくのような地ワイン文化が根付きました。

 ちなみに僕の住む地域のおじいちゃんおばあちゃん達はいまだにワインのことを「ブドウ酒」と呼びます。専用の道具がない時代に醸造を始めたため、ブドウ酒のボトルは日本酒の一升瓶。そこから湯呑みにドボドボ注いでふだんの晩酌にするのです。

 酒にあわせて洋風の食生活に改めるわけでもなく、ほうれん草のおひたしに白ブドウ酒、鳥のもつ煮に赤ブドウ酒。なんならたくあんとおにぎりに赤ブドウ酒。

 ここにさらに江戸時代以来からのおすし文化が合流したのが山梨の唯一無二の食文化なのですね。

 僕の行きつけの甲府(山梨県の県庁所在地)の街場のすし屋に行くと、カウンターにはワインのボトルがずらり。

 酢で〆たサバやコハダには甲州ブドウの白ワイン。ソーヴィニヨン・ブランのような切れ味のいい酸味はないものの、しっとりしたミネラル感のある味わいが光り物にぴったり。

 タレで漬けた穴子や数日間寝かせたマグロのぶつ切りをアテに、地ブドウの赤ワインをぐびぐび呑むのも山梨ならではの地元の味。

 山梨で昔からワイン醸造に使われている、マスカットベリーAやアジロンの野イチゴやキャンディーのような香りがクラシックなすしに不思議とマッチするんですね。

 ウソつけ!と言いたくなる気持ちもわかりますが、騙されたと思ってぜひ山梨のすし屋に来てみてほしい。そこにはアナタの知らないおすしの世界が待っている、はず…!

小倉ヒラク (おぐら ひらく)
東京でデザイナーとして活動した後、東京農業大学で研究生として発酵学を学び、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボを創設。「発酵デザイナー」を肩書として、発酵と微生物の素晴らしさを伝えるプロジェクトを手掛ける。著作に『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)、 『日本発酵紀行』(d47 MUSEUM) など多数。2020年、東京下北沢に発酵専門店「発酵デパートメント」をOPEN。

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