第2回 アジアに根付くおすしの起源
NO ナリ NO メイテイ
はじめまして。小倉ヒラクです。僕は「発酵デザイナー」という肩書で、日本各地の発酵文化を訪ねる仕事をしています。 この連載では、発酵の視点からおすしの文化を紐解いていきます。
マニプルの発酵魚、ナリ
先日、インド東部にフィールドワークをしにいく機会がありました。マニプルという、東をミャンマー、西をバングラディシュに囲まれた内陸の土地です。
このマニプル、海はないのですが水が豊富な山間地。あちこちに湖や川の水が流れ、家の裏庭には大きな池。そこからそれこそ湧いて出るように魚が穫れるのです。市場や露店はさながら淡水魚の見本市。コイやフナのようなものから、ドジョウやウナギ、日本では見かけない1mくらいありそうな超大型の魚などなど。とりわけどこでも見つけられるのは、フナやアユのような中型の魚の干し魚。野外で乾燥させた後に軽く燻した茶色い魚が、驚くほど安い値段で売っています。
マニプルではこの干し魚を使って、日本のなれずしに似た「ナリ」という発酵食品がつくられています。湖で穫れるパバウというモロコをもう少し大きくしたような魚を干した後に、地中に埋めた大きな壺に棒でぎゅうぎゅうと押し込んでいきます。壺の口までぎっしり詰めたらそのまま地中で半年〜1年ほど発酵させます。すると魚の身がドロっと溶けて、飯(いい)のついていないなれずしのような酸味とうま味の詰まった発酵魚のできあがり。
驚くのは、塩も米も使わず、ただ干し魚を酸素のない環境に置いておくだけで雑菌汚染もなく美味しく発酵してしまうこと。ナリはこのパバウという魚以外ではうまく発酵しないそうです。普通の淡水魚よりもやや塩味が強く水分が抜けやすいので、そこが秘訣なのかもしれない…と見学に行った工場のおじさんが推測していました。
なれずしカレーを体感せよ!
さてこのナリ。日本の発酵ずしと違って米と合わせていないのですが、味はなれずしにそっくり。いったいどうやって食べるのか気になるじゃないですか。
マニプルは残念ながら州政府が飲酒を禁止しているので、酒の肴にはできません。ではどうするかというと、調味料として使うのです。
最もポピュラーな料理は、ェロンバという煮込み料理。見た目は豆や野菜を煮込んだベジカレーなのですが、味の決めては香辛料ではなくナリ。香りからしてスパイス料理のそれというより、僕たちのよく知る発酵由来のかぐわしさ…。
一口食べてみると、野菜のまろやかさの奥に、酸味のバシッと効いた魚介系のうま味。面白いのはナリで味つけしているので、日本の煮込み料理のような塩味がなく、あくまで発酵の酸味とうま味、そしてほんのり香辛料で奥行きのある味が設計されているところ。日本式に柔らかく炊いたマニプル式のご飯とよくマッチする、お腹に優しい「なれずしカレー」でした。
東アジアの山間地で、川魚のタンパク質を保存するために生まれたのがおすしの起源。そういう意味ではマニプルのナリはその起源を大いに感じさせるものです。さらに面白いのは、日本と違って海から遠いために、塩すら使わずに発酵させるところ。インドの酸っぱいアチャール(漬物)の文化と東アジアのうま味調味料の文化のちょうど中間にある、実にユニークな発酵魚でした。東インドにはこのような僕たちのまだ見ぬ不思議な発酵トレジャーがまだまだあるようです。