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続・世界の寿司学入門

前シリーズ「世界の寿司学入門」では、アジア・北米・南米・ヨーロッパと4つの大陸を横断しながら、世界に広がるSUSHI・寿司の多様なかたちを追いかけてきました。

アジアで始まった発酵魚文化のルーツから、北米で生まれたスシロールやサーモン革命、南米の移民が育てたテマケリアにホットロール、そしてヨーロッパの都市に根づいたテイクアウトSUSHIや回転SUSHI。そこには大陸ごとに異なる様々なSUSHIの姿がありました。

続編では、これから注目したい国や地域に目を向け、その土地のSUSHIの歩みをたどりながらSUSHIの「今」と「これから」を見つめていきます。さあ、ふたたび世界のSUSHI・寿司をめぐる旅へ出かけましょう。

第1章|ロンドン発・イギリスのSUSHI事情

ロンドン発・イギリスのSUSHI事情

現在、イギリスの日本食レストランは約1,820店にのぼります。農林水産省の調査では前回比560店の増加となり、国別増加数では世界第5位、ヨーロッパでは第1位です ※1。また、日本食・SUSHIレストラン市場の規模は16億ポンド(約3,200億円)に達し、2020年から2025年の年平均成長率は8.9%と力強い成長を続けています※2

大手スーパーのテスコ(Tesco)では年間2000万パック以上のSUSHIが売れ、ロンドンの高級住宅街にはおまかせ寿司店が次々と開業。イギリスのSUSHIは今、ヨーロッパで最もダイナミックに動いている市場の一つと言えるでしょう。本章では異国料理から始まり、日常食になるまでのイギリスにおけるSUSHIの歩みとこれからを追いかけていきます。

ロンドンに日本食が根づくまで

イギリスにおける日本食の歴史は、日本企業のロンドン進出とともに始まります。1960年代以降、大和証券や日立、野村證券といった日本企業が相次いでロンドンに拠点を構え、在英日本人は1955年のわずか401名から、1970年代半ばには5,000名を超えるまで増加しました。

この日本人コミュニティの拡大を背景に、1970年代にはロンドンにいくつかの日本食レストランが誕生。1972年にイギリス初の日本食レストランとされるアジムラ(Ajimura)が開業すると、翌年にはイケダ(Ikeda)、1978年にはキク(Kiku)が高級住宅街のメイフェアに相次いで開業しました。イケダとキクは現在も営業を続けており、50年近い歴史を持つロンドン最古級の日本食レストランです。

このように日本食がロンドンに生まれた一方、この時代のSUSHIは日本料理の一部として提供されていたため、SUSHIを専門に出す店はほぼありませんでした。客もほとんどは日本人駐在員や関係者であり、一般のイギリス人にとっては「なぜ生の魚を食べたいのか」という反応が一般的でした。やがてSUSHIが街中に溢れ、日常食にまでなる日が来るとは、当時のイギリス人には想像もつかなかったでしょう。

ロンドンの街中に溢れるSUSHIレストラン(2025年)
ロンドンの街中に溢れるSUSHIレストラン(2025年)

SUSHIが動き出した1990年代

1990年代、ロンドンのSUSHI事情を一変させる出来事が立て続けに起こります。
1994年、日本での生活経験を持つイギリス人女性キャロライン・ベネットが、「ロンドンには自分が食べたい寿司がどこにもない」という想いから、イギリス初とされる回転SUSHI(Conveyor belt sushi)のモシモシ・スシ(Moshi Moshi Sushi)を創業。

1997年には、サイモン・ウッドロフがソーホーに回転SUSHIのヨー!スシ(YO! Sushi)を開業します。40代で離婚と失業が重なり、「最初の動機は絶望だった」と本人が振り返るどん底からの出発でしたが、テクノロジーを取り入れたエンターテイメント性が話題を呼び、行列ができるほどの人気店となります。

イギリスを代表する回転寿司チェーン、ヨー!スシ(YO! Sushi)
イギリスを代表する回転寿司チェーン、ヨー!スシ(YO! Sushi)
SUSHIを日常食として楽しむイギリスの人々
SUSHIを日常食として楽しむイギリスの人々

同年、ロサンゼルスで成功を収めた寿司職人の松久信幸が、ロサンゼルスの常連客だった俳優ロバート・デ・ニーロらとの共同事業としてニューヨーク、そしてロンドンへと進出。ノブ・ロンドン(Nobu London)を開業しました。ノブは世界的なセレブリティが集う店となり、SUSHIに「おしゃれな都市の食」というイメージを加えました。

1990年代後半はヨーロッパ全体でSUSHIが大きな変革期となった時期です。1998年のフランス・パリではスシ・ショップ(Sushi Shop)が創業され、テイクアウトとデリバリーを軸にしたスタイリッシュなSUSHIブランドとして急速に支持を広げました。スシ・ショップはロンドンにも進出し、現在はヨーロッパ各地に店舗を展開する大手チェーンへと成長しています。

ロンドンに進出するパリ発のスシ・ショップ(Sushi Shop)
ロンドンに進出するパリ発のスシ・ショップ(Sushi Shop)

それぞれ異なる切り口でSUSHIを広げたこの時期は、イギリスのSUSHI史における大きな転換期だったといえるでしょう。

スーパーの棚から広がるSUSHI

SUSHIがイギリスの日常に溶け込んでいく過程で、欠かせない存在だったのがスーパーマーケットです。2000年代以降、テスコ、ウェイトローズ(Waitrose)、セインズベリーズ(Sainsbury's)といった大手スーパーにSUSHIパックが並び始めました。テスコの店内にはヨー!スシのキオスクが350拠点以上、ウェイトローズにはスシ・デイリー(Sushi Daily)が100カウンター以上を展開しています。

当初はスモークサーモンやアボカドなどを用いた生魚を使わないSUSHIが中心でしたが、現在では生のサーモンやマグロなどの握り寿司も加わり、品揃えは年々広がっています。SUSHIのコンボセットは12〜20ポンド(約2,400〜4,000円)と、サンドイッチと比べると高価ですが、それでも売れ行きは好調です。

スーパーのSUSHIコンボ(11.95ポンド)
スーパーのSUSHIコンボ(11.95ポンド)
スーパーのSUSHI&SASHIMIコンボ(19.25ポンド)
スーパーのSUSHI&SASHIMIコンボ(19.25ポンド)

こうしたスーパー向けSUSHIの供給を支えてきたのが、1997年にロンドンで創業されたSUSHI製造企業タイコ・フーズ(Taiko Foods)です。週に100万パック以上を生産し、毎日数多くの店舗にSUSHIを届けています。現在はゼンショーホールディングス傘下のワンダーフィールド・グループ(Wonderfield Group)に属しており、同グループは世界中で年間5億パック以上の寿司を供給しています。

2023年、テスコは「SUSHIがサンドイッチを抜き、英国で最も成長が速いプレミアムランチになった」と発表しました。売上は前年比90%増、年間の販売数は約2,100万パックにのぼります。SUSHIはいまやイギリスのスーパーに欠かせない日常食となったのです。スーパーにSUSHIが当たり前に並ぶ環境で育った若い世代の食の好みも変わり始めており、MSC(海洋管理協議会)の調査ではZ世代の60%が「フィッシュ&チップスよりもSUSHIが好き」と回答しています※3

スーパーの冷蔵棚の一角を占めるSUSHIコーナー
スーパーの冷蔵棚の一角を占めるSUSHIコーナー

日本資本の参入と「本物」への関心

2010年代後半以降、イギリスのSUSHI市場に新たな動きが生まれています。

一つは、日本の大手寿司関連企業の参入です。2019年にスシローを展開するフード&ライフカンパニーズがワサビ(Wasabi)に約19億円を出資。2023年には「はま寿司」を有するゼンショーホールディングスが、ヨー!スシやタイコ・フーズを擁するスノーフォックス・グループを874億円で買収しました。日本の外食産業として過去最大級の海外投資ですが、ゼンショーは2026年にポーランドのSUSHI工場も取得しており、ヨーロッパ全体への供給体制を整えつつあります。イギリス人の手で育てられたSUSHI産業を日本の企業が買い戻す。寿司のグローバル化が生んだ興味深い構図といえるでしょう。

もう一つの動きが、「本物の寿司」への関心の高まりです。2025年のミシュランガイドでは掲載店における寿司店の割合は、ヨーロッパ全体ではわずか0.24%で、2つ星以上の寿司店はありません。しかし、ロンドンでは近年、本格的なOMAKASEを提供する寿司店が増え始おり、かつてミシュラン3つ星を獲得したジ・アラキ(The Araki)や、2024年に出店して1つ星を獲得した鮨かねさか(Sushi Kanesaka)など、東京やニューヨークなどで成功した高級寿司店がロンドンを次の舞台に選ぶケースが増えています。おまかせの価格は400ポンド(約80,000円)を超える店もあり、ロンドンはヨーロッパにおける本格的な寿司の中心地になりつつあります。

日本の寿司店さながらのネタケース(ロンドン)
日本の寿司店さながらのネタケース(ロンドン)
日本の本格的な寿司店を思わせるネギトロの手巻き(ロンドン)
日本の本格的な寿司店を思わせるネギトロの手巻き(ロンドン)

こうした流れを象徴するように、2024年には東京すし和食調理専門学校のロンドン分校(現・東京カレッジ・オブ・スシ&ワショク・ロンドン)が開校。日本の外食大手がSUSHIの供給網を整え、日本のトップ寿司職人がカウンターに立ち、現地の人々が寿司技術を学ぶ。半世紀前には「なぜ生魚を食べたいのか」という反応が当たり前だったイギリスのSUSHIは、いま新しい段階に入ろうとしています。

SUSHIを知ったからこそ、寿司に辿り着く

イギリスに初めて日本食レストランができてから約50年。日本人コミュニティの食だった1970~80年代、都市型フードとして広がった1990年代、国民的な日常食となった2000年代、そして本物の寿司を求めはじめた2020年代。イギリスのSUSHIは4つの時代を歩んできました。

エンターテイメント性あふれる回転SUSHI、スーパーの冷蔵棚に並ぶパックSUSHI、そしてOMAKASEで握られる本格的な江戸前寿司。日常食としてのSUSHIが裾野を広げたからこそ、「本物の寿司」を求める層が生まれました。多くの日本の寿司関連企業も進出し、イギリスにおけるSUSHIの発展は止まることを知りません。ロンドンが東京やニューヨークと並ぶ、世界の寿司の中心地のひとつになっていく。そんな未来も遠くないのかもしれせん。

出典:
※1 農林水産省「海外における日本食レストランの国・地域別概数」(令和7年11月28日)
※2 IBISWorld「Japanese & Sushi Restaurants in the UK — Industry Market Research Report」(2025年)
※3 Marine Stewardship Council(MSC)「UK Consumer Insights 2024」/ The Fishing Daily(2024年)



寿司研究家・寿司ウォーカー代表
すしノスケ Sushinosuke
神奈川県ずし生まれの寿司研究家。慶應義塾大学経済学部卒業。『J.S.F.A 寿司検定 公式テキスト』総監修。寿司屋とIT企業での勤務を経て、魅力あふれる寿司の世界をすべての人へ伝えるために、寿司職人有志らと株式会社寿司ウォーカーを創業。

続・世界の寿司学入門
続・第1章|ロンドン発・イギリスのSUSHI事情

世界の寿司学入門
第1章|アジアの寿司文化圏 第2章|北米におけるSUSHI発展史 第3章|南⽶を彩るSUSHIと移⺠の記憶 第4章|ヨーロッパのSUSHI事情
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