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北海道札幌の寿司屋「鮨処いちい」の女将。
井出美香 (いで みか)さんによる
コラム「すしやのおかみ横丁」
寿司にまつわる日々の
エピソードをご紹介します。
ししゃもと秋と旅人
柳葉魚 ししゃも
 北海道の味覚の代表といえば、毛蟹である。数ある蟹の種類のなかでも小ぶりではあるが旨味の強さではダントツだろう。
毛蟹の旬は冬というイメージがあるが、実は、通年楽しむことができる蟹である。漁場を変えて季節ごとに味わうことができるのだ。わたしが個人的に最も好きなのは、3月から4月くらいのオホーツク沿岸で獲れる毛蟹だ。この時期の毛蟹は流氷の下でプランクトンをたっぷり食べて肥えてくれる。これがたまらない甘みを生む。

ある日、「母の誕生日を北海道で祝いたいのです」というご予約をいただいた。五十代くらいの男性で、高齢な母に感謝を込めて、大好きな北海道の味覚を食べさせたいと家族4人の旅行を計画したという。

「若い頃に散々やんちゃしていたので、すっかり母に苦労かけちゃってね・・・」と笑う息子さんは照れくさそうに頭を下げた。もうすぐ80歳というお母さんも、そんな息子を見ながら、何も言わず、嬉しそうにニコニコしていたのが印象的だった。
リクエストは最高の毛蟹と美味しい握り寿司。もちろん魚屋にお願いして、その日の一番良い毛蟹を仕入れて準備。一生に一度でいいから、お腹いっぱい毛蟹を食べてみたいという母親の夢。その願いをかなえたいという息子。家族の本当に満足そうな表情。おいしいものは、おいしい笑顔を生むものだ。

「すみません、すぐ戻ります。」

食事中にこっそりと店を出て行った息子さん。戻ってきたときに手に持っていたのは大きな誕生日ケーキだった。店の裏でケーキにロウソクを点けて、ほかのお客様にも合図をして照明を消してスタンバイ。

「ハッピーバースディートゥーユー♪」

店内のお客様も全員歌ってくれて、お祝いムード一色に。
こういう形で母への感謝を表してみたかったという息子さんの思い出作り。そのしあわせの場面に寄り添うことが出来て記憶に残る一日になった。

井出 美香 (いで みか)
北海道札幌の寿司屋「鮨処いちい」の女将。東京にてキャラクターデザイナーを経て寿司屋のおかみさんになり日々奮闘中。レシピ本発行、エッセイや旅のコラムなど執筆中。
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