はじめまして。小倉ヒラクです。僕は「発酵デザイナー」という肩書で、日本各地の発酵文化を訪ねる仕事をしています。
この連載では、おすしエキスパートのシェフたちと、21世紀のおすし文化のスタンダードを考えていきます。

このシリーズでは、気鋭のシェフたちと一緒に未来のおすしのスタンダードを実作のかたちでリデザインしていきます。
今回ご一緒するのは、長年の友人ですし作家を名乗る岡田大介さん。東京江戸川橋の創作すしレストラン、酢飯屋のオーナーでもあります。
魚だけでなく、酢飯や海藻などにも精通したすしの総合格闘家、岡田さんがリデザインに挑戦したのは、『いずし』。
なれずしの技術をベースに、さらに麹やお酢などを加えて発酵させる日本的おすしのシンボルとも言えるレシピです。

例えば。東北や北海道でよく食べられる伝統的ないずし。東北ならハタハタ、北海道ならサケやニシン。旬にたくさんとれる魚を麹やお酢と合わせて発酵させ、日持ちをよくしつつ、麹の甘みやうまみを加えます。
今回岡田さんにお願いしたのはこの麹を使ったおすしのリデザイン。そして!漁業にも精通し、海の生態系にも詳しい岡田さんならではの視点として「近未来に日本の漁業がピンチになっても食べることのできるおすしとは?」という提案もしてもらいます。
食文化も生態系も変わった未来のいずし、すし作家岡田さんはどのように合わせてリデザインしたのか?

実は麹の菌には種類があります。甘酒や味噌の麹をつくるスタンダードは”黄麹菌”。これ以外にも、泡盛や焼酎のもろみの発酵に使う”黒麹菌”。さらに沖縄の豆腐ようや生物由来の着色料に使う”紅麹菌”。色も味わいも全く違う三つの菌と、三つのネタを組み合わせてみました。

国産のエビが取れなくなってもスーパーで見かけるであろうパナメイエビ。これに泡盛焼酎に使う黒麹と米、お酢を加えて数日間発酵させてみました。
黒麹菌は、スタンダードの黄麹菌にはない独特の酸味があります。温暖湿潤な南国には、競争相手になるカビがたくさんいるので敵が近づけないようにレモンに含まれるクエン酸をたくさん出して自分の身を守るのです。
黒麹菌のトロピカルな酸味とうまみが、やや大味なパナメイエビの風味にインパクトと奥行きを加えることにより、ガストロノミー感溢れる味わいに。これはびっくり!
黒麹菌のタンパク質分解酵素が作用したのか、熱を加えないのにほんのりエビの赤色が浮かび上がってきているのが、じつに食欲をそそります。

日本人がこよなく愛するカニが水揚げされなくなっても、オレたちにはカニカマ(カニの風味を模したかまぼこ)がある!
お次は、カニカマと紅麹を合わせてみました(エビと同様に米とお酢もブレンド)。食材も麹も赤色合わせで華やかな見た目。食べてみると……バターやクリームを和えたようなミルキーな味わい。このミルク感ただよう甘みは紅麹菌のつくりだす味わいです。
日本では、珍味の豆腐ようにしか料理には使われない紅麹。台湾や中国西部では調味料や漬け床の材料としてけっこうメジャーなんです。紅麹菌のつくるこってりした味わいが、淡白なカニカマをカバーしてリッチに味わいに変身!こりゃあ愉快じゃわい。

大半の魚種がとれなくなってもおそらくアジは残るだろう…と予測して、最後は黒麹菌×アジのいずしにチャレンジ。アジの切り身に黒麹と米、お酢の組み合わせは共通です。
今回の試作で最も驚きがあったのがこの組み合わせ。岡田さんの口から語ってもらいましょう。
「実はこのアジ、漬け込む時点で酸化が進んでしまって、生だと食べられないぐらい臭いと思います。ところが黒麹と漬け込むことで臭みが消え、脂味もおだやかになりすごく美味しくなりました!もともとおすしが魚の保存性を高めるために生まれたものであることを再認識しました」
とのこと。
今回のチャレンジでわかったのは、麹菌の特性を活かすことで、風味のコントロールができること。エビの大味さに奥行きを加え、カニカマの淡白さをリッチにし、アジの臭みを消す。
もし近未来に新鮮で質のいいネタを手に入れられなくなっても、麹をうまく使えばおいしいおすしが食べられる。おすしの未来を離デザインするのは、麹菌かもしれません。
それでは次回は岡田さんも一緒に、これまでの当たり前を前提としない、21世紀のおすしスタンダードのデザインに挑戦します。どうぞお楽しみに!










