
独特の辛味を持つワサビは、奈良時代には都に献上されていたそうである。ただ、その用途は薬用で、それが現代と同じく薬味に用いられたのは室町時代であったとか。そして、江戸時代でも中期以降であろう、庶民の口にも入るようになった。
すしの世界では「伊豆わさび 隠しに入れて 人までも 泣かす安宅(あたけ)の 丸漬けのすし」の句が有名である。「安宅のすし」とは江戸・深川安宅にあった「いさごずし」、別名「松がずし」のことで、ここで売り出した丸ずし(姿ずし)にはワサビがたくさん入っているので有名であった。だから、誰もが涙する…、と続くわけである。深川と言えば下町情緒の漂うところ。ワサビを使い始めたのは、こんな店だったのかもしれない。
江戸後期の嘉永2年(1849)に出された『守貞漫稿』は、当時生まれたばかりの握りずしを解説して、刺身(マグロ)とコハダを握る時のみ、ご飯との間にワサビを入れる、と解説している。握るタネとしてはエビ、白魚、アナゴなどもあったのだが、そちらは無視で、なぜマグロとコハダだけはワサビが必要だったのか?
それはマグロやコハダには火が入ってなかったから。要は、魚をなまで食べるため、それに当たって腹をこわす、腹下しを防ぎたかったのではないか。昔のことだから難しい化学名はわからなかったにせよ、ワサビには防腐の効用があることを、当時の人は経験的に身につけていたのである。「危ないと思われる食物には、ガリ(酢ショウガ)と同じく、ワサビを置け!」。
だからワサビは薬用だった…、と書くと、まるで奈良時代と同じだね!







