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vol.7 音に聞こえし、明石のタコは、太短い足で立って歩く?!  

明石浦漁協と明石のタコが一流といわれる所以ゆえんは…

 その昔、「テンタクルズ」なる伊映画があった。大ヒットした「ジョーズ」の鮫を巨大タコに置き換えたもので、いわゆるパニック映画に類する。本国での反響はどうかわらかないが、日本ではヒットしなかった。どうも日本人には、タコが襲って来る絵は、恐怖心を煽らなかったようだ。日本人はタコ好きで、その消費量も世界一を誇る。ところが、世界を見渡すとタコを食べるのは、東アジア諸国と地中海沿岸諸国くらいで、多くの国が「デビルフィッシュ」(悪魔の魚)と呼んで敬遠する。所変われば、嗜好も変わるという代表例の一つだろう。

 日本人は古くからタコを好んで食べている。弥生時代の遺跡からタコ壺が発見されている事から考えても相当昔から食していたものと思われる。寿司ダネにしてもそう、握り寿司が誕生した江戸後期には煮詰めなど下処理をしてタコの握りを味わっていたようだ。

明石のタコ

 タコといえば、最もメジャーなのが明石ダコだろう。俗に明石ダコとは、明石海峡周辺から明石沖の潮流の速い海域で獲れたマダコを指す。この海域は、海底に岩場や砂場など起伏に富んだ形状があって、そこに速い潮流(時速15km以上)が複雑に入り組む。おまけに海老、蟹、貝といったタコの餌となるものが多く集まって来るためにそれらを喰っていると、自ずと旨いタコに育つというわけだ。そんな環境下で育った明石ダコは、激しい潮流に耐えて踏ん張るために足が太く短くなる。漁港では時折り立って歩く姿が見られるとまで言われるくらい足に力があるようだ。その表現は少し大袈裟かと思われるが、漁協の人や漁師は、タコがすっと立って歩く様を見たと真顔で話すのだ。何はともあれ、明石ダコは、グルメからは「歯応えがよく、柔らかくて噛みしめるほど味が出て甘みも伝わる」と高く評されているのである。

明石ダコ 漁協の人や漁師 足が太く短い明石ダコ

 そんな明石ダコを取材したくなって明石浦漁業協同組合まで車を走らせた。明石浦漁港はJR明石駅から南西部にある。この港では百種ほどの魚介類が水揚げされるらしく、その中でもメジャーなのが明石鯛と明石ダコ。同漁協では、明石の名物を「凧(タコ)に乗り(海苔)たい(鯛)」と覚えるといいと教えている。明石浦漁港は、全国の港の中でも少し特殊で、水揚げ量よりも活けの量で勝負する。セリにかけるのは基本、活魚。活かせるものは、可能な限り活かしてセリに出すのがモットーである。漁師達は獲って来た魚を漁協のプールに放ち、セリまで泳がせる。漁協の下にはテニスコート2面分ぐらいの大きさの浅いプールがあって獲った魚を泳がせてる。何せ活け状態にするだけではなく、そこでストレスを緩和させる目的も兼ねている。そこには漁師の奥さんらが働いており、午前11時のセリともなると、家族総出でセリへの出荷にあたる。だから他の漁協より女性比率が高いのもそんなシステムから来ているらしい。

明石浦漁業協同組合 宮﨑鉄平さん

 私達取材陣を出迎えてくれたのは、明石浦漁協の宮﨑鉄平さん。業務部販売課に籍を置き、セリ場にも立つ人で、私とは10年来のつきあいである。時折り、私が企画する食事会にセリ担当として魚を流して(売って)くれ、イベントでは解説までしてくれるありがた~い人物だ。宮﨑さんによると明石ダコは、一般的な魚と別のルートで取引されるそうで、セリ場とは別の漁協の建物西側で漁師による選別作業が行われる。「タコは、主に小型船底曳き網で漁獲されます。タコ壺漁や一本釣り漁も行われていますが、一軒だけ残っていたタコ壺漁の漁師がやらなくなったのでうちの漁港ではなくなってしまいました」と教えてくれた。タコ壺漁は、身体を傷つけず、タコにストレスがかからない状態で捕獲できる伝統的漁法。明石浦漁港の隣の林崎漁港ではまだ続けている漁師もいるとの話であった。

明石浦漁協 明石浦漁協の宮﨑鉄平さん

 明石浦漁協では、獲って来たタコを大(1.2㎏以上)・中(600g~1.1㎏)・小(300~600g)・小小(100~300g)の大きさ別に分ける。この他に「別」と呼ばれるものがあるが、これは足が二本切れているものなどだ。「足が一本切れたら1ランク下がります。『別』は加工業者へ回されるケースが多いですね」と言う。タコは他の活魚のようにセリがなく、その日の水揚げ量で漁協が値を仕切り、大きさによって選別するらしい。季節が進むにつれてタコの棲み家は砂底から岩陰へと変化していく。漁師はタコを獲るのに適した漁法を工夫するようだ。漁師は夜間に漁へ出て朝の9時30分~10時頃に港に戻って来る。小型底曳き網漁船は12時間の操業で、それ以上獲ったらダメだと決まっているようだ。

 明石ダコは、全国から求められるブランドなのに近年漁獲量が減っているのが悩みの種だとか。10年で1/5以下にまで減っており、2015年頃まで年間1000tあったのが、2016年頃に700tに、2022年には100t台まで減ったというから悩みは深刻だ。原因は地球温暖化による水温上昇もあるのだろうが、海の栄養不足も一因。明石浦漁協では、海中の栄養塩不足を改善すべく、海底を耕して栄養塩を海中に供給する活動(海底耕耘)を行っている。「海に投入した耕耘桁(こううんけた)をロープに結んで船で耕す仕組みで、硬くなった土・泥・砂を掘り起こすことで、中にたまっている窒素やリンなどの栄養塩を海中に放出する効果があるんです」と宮﨑さんは説明していた。

 海中の環境整備は大切だが、一般釣り人のマナーもタコ激減に因しているとか。「コロナ禍でタコの流通量も減ったのですが、それに反して一般の釣り人が増えたんです」と宮﨑さん。漁師の世界では、100g以下のマダコは獲ってはいけない。網にかかっても海へ放流して育つのを待つ。ところが釣り客にはそんなルールはなく、小さなタコでも獲ってしまうのだ。意外かもしれないが、タコは短命で、マダコは2~3年、ミズダコでも最大5年ほどしか生きない。コロナ禍とは2020~2022年を指す。この時期に一般釣り客が思うがままに小ダコを獲ってしまうと、どうなるのだろう。明石ダコは2021年を境に100t台に減っている。これが影響を及ぼさなかったとは言い切れないのではなかろうか。現在、同漁協ではタコマイレージなるシステムを設け、釣り客が一匹マダコを放流すると、その数に応じてポイントがたまる仕組みを作っている。そのポイントは釣り具などと交換できる。また漁協では、卵を抱いた母ダコが入ったタコ壺が揚がった場合に漁師から漁協が買い取って海へ戻す事業も行っている。2010年から始めたこの事業では、2021年までに約4300個のタコ壺を海に戻したらしい。とにかく豊かな海に戻そうと、明石浦漁協では、あの手この手で、色んな取り組みを実践しているのだ。こういった取り組みを積極的に行うからこそ、明石浦漁協の名は全国に轟いているのだと思われる。

宮﨑鉄平さん 明石ダコを大きさ別に分ける
明石ダコ 選別 明石ダコ

漁港近くの寿司屋でタコの棒寿司を味わった!

 ところで肝心の明石ダコの寿司を食べねばなるまい。私達取材班は、宮﨑さんに教えられるままに地元の寿司屋に移動した。明石浦漁協から徒歩2分と近い「浦正 明石本店」は、地元でも名の知られた寿司屋。明石浦漁協での買参権(仲卸し権)を持っており、昼網で水揚げされた魚を店の生簀に放ち、それらを用いて握ってくれる。寿司屋とは別に併設した明石浦漁港直売店で魚の卸もやっているので、その鮮度たるや推して知るべし。せっかくなら明石の地魚を食べたいとばかりに「明石浦づくし7貫」(3,820円)を注文した。寿司ダネはその日によって異なるのだろうが、取材日は、鯛・剣先イカ・鰆・目板鰈・マゴチ・足赤海老・伝助穴子の炙りと蒸し穴子を順に握ってくれた。全て地のものばかりで、白身魚中心の構成に。板長によると、酢飯はミツカンの「白菊」と「りんご酢」で作っているらしく、鮮度のいい寿司ダネにうまく合ってかなり高いレベルの握り寿司だった。

浦正 明石本店 明石浦づくし 地魚
明石浦づくし 寿司 明石浦づくし 握りずし

 「明石浦づくし」には、タコが出て来ないのでタコの握りを追加注文!生のタコの握りと、茹でたタコの握りを梅肉で味わい、その後、タコの吸盤を炙って醤油を付けて出してもらった。勿論、このタコは、明石浦漁港で水揚げされたもの。宮﨑さんが表現した「歯応えがあるのに柔らかく、甘みを感じる」というのがよくわかった。最後は珍しい「タコの棒寿司」(3,080円)を。板長によれば、「棒寿司を作るには2㎏以上のタコでないとできない」そう。太い足を一本使って棒寿司に仕上げるという。「明石のタコは、他産地のものとは異なり、味も食感も違います。太短い足だからこそ、食感があって噛めば噛む程に味が出て来るんです」。棒寿司のシャリには、椎茸・ゴマ・大葉・新香・沢庵が入っている。寿司飯自体に味の工夫が施されており、歯応えのある明石ダコにうまくマッチしていた。板長は「鯛もそうですが、明石浦の魚は白身が旨い。漁港での魚の扱いがいいので、いい寿司ダネが揃います」と誉めていた。

 先程まで見学していたセリの風景が目に浮かぶ。活けにこだわって流すシステムや、明石浦締めといわれる処理方法、何をとっても卓越しているのだろう。そして大きさによって選別された明石ダコの姿形と、活きの良さ。潮流にもまれた短い足で、明石ダコが立って歩く姿が見られるとの噂もある。「浦正」でのタコの寿司を噛み締めると、それもまんざら大袈裟ではないなと思ってしまった。

生のタコの握りと、茹でたタコの握り 明石ダコ
太い足を一本使ったタコの棒寿司 タコの棒寿司

〈取材協力〉
明石浦漁業協同組合
住所/兵庫県明石市岬町33-1 TEL/078-912-1771
◆ 浦正 明石本店
住所/兵庫県明石市富美町14-23 TEL/078-917-9955
営業時間/11:30~14:30、17:00~21:30 休み/火曜日
曽我和弘(そが かずひろ)
フードジャーナリスト、フードプランナー。長年雑誌畑を歩いて来て、数多くの雑誌や書籍を手がけて来た。主に食関係のものが多く、関西では食の専門家として常に名前が挙がるほど幅広く活躍している。JR西日本フードサービスネットの駅飲食プロデュース事業にも参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュースして関西での駅ナカブームの火付け役となった。その他、酒粕プロジェクトやオルタナティブアルコールの企画者としても知られている。大阪樟蔭女子大学でも教壇に立っている。

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