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すしのフォークロア

はじめまして。小倉ヒラクです。僕は「発酵デザイナー」という肩書で、日本各地の発酵文化を訪ねる仕事をしています。

この連載では、古今東西様々な郷土ずしを例にあげながら、おすしの文化を掘り下げてみたいと思います。

すしのフォークロア

すしラボ読者の皆さま、またお会いしました。これまで世界各地のおすしの現場を訪ねたり、気鋭のシェフと新たなおすしを開発したりと様々なおすし企画に挑戦してきました。

新たなシリーズはこれまでの総決算。日本人および東アジア(もっといえば人類全体)にとっておすしとは何なのか? おすしは僕たちにどんな美味しさや社会的な価値をもたらしたのか、歴史を俯瞰して考えてみたいと思います。

すしの最小構成要素は「酸っぱい」

一般的なすしの定義は「魚と米を合わせて酸っぱくしたもの」ですが、これまでのシリーズで見てきた通り魚を使わない肉ずしや精進ずし、米を使わない粟なれずしや、そもそも穀物すら使わないインドなれずしなど、世界には統一した定義を許さない多種多様なおすしがあります。

そんな広大なすしワールドをつなぐ唯一の共通点、それは「酸」
であると言えないでしょうか。
フランスで衝撃を受けた、チョコレートクリームを使ったNutelaずしすら、酢飯を使っていました。

「酸っぱい」。
これがすしの最小構成要素。おすしとは何かを考えるためには、まず酸っぱさの意味から出発しなければいけないのです。

まさに「すし=酸っぱし」。

酸っぱいとは何か?

「酸っぱい」は人間の味覚のなかでは変わった位置にいます。端的に言えば、有益と有害の中間にぶらさがっている不思議な味覚です。

「甘い」は、生物が活動するエネルギー(炭水化物)由来で、「うまい」は、細胞の材料になるアミノ酸由来。「しょっぱい」は身体の運動を調節するナトリウム由来。このあたりは動物としての人間にとって必須の味=栄養です。

では「酸っぱい」はどうか。
動物としての人間、という観点で見てみると酸は危険なものです。雑菌に汚染されたり過度に酸化した時の酸味は身体に悪い影響を与えてしまいます。酸っぱいものを感知すると、人間は半自動的に身構えてしまいます。

いっぽう、遊びや冒険を好む知的存在としての人間、という観点で見てみると酸はうまく見分けられれば有益なものです。

「酸っぱさ」の由来は甘さやしょっぱさのような特定の栄養ではありません。この味を生み出すのは「pH(ペーハー)値が低いこと」です。基本的な自然環境(海)のpH値は中性で7.0前後ですが、5.0よりも低くなると舌は「酸っぱい」と感じるのです。

pH値1.0-5.0のあいだが「酸っぱい」のレンジ。人間にとっての許容範囲はけっこう狭い。
まずpH1.0-3.0は酸が強すぎて危ない。口にすると胃腸が傷ついてしまいます。傷口にレモン(pH値2.0-3.0)をかけるとめちゃ痛い原理です。

次にイヤな匂いやネバネバ、ベトベトの質感を伴わないこと。食中毒を避けるための自衛行動として、アンモニアのような揮発性の悪臭とセットになった酸っぱさや、デロデロに溶けた食材の酸っぱさは「危ないもの」と認識してしまします。

適度なpH値、イヤな匂いと質感がないこと。つまりは比較的まろやかで美味しい匂いがする酸っぱさ。これが人間の許容する「セーフティゾーン」です。

「酸っぱさ」の進化

結論から言えばおすしの「酸っぱさ」は、人間にとって心地良いレンジになるよう進化を遂げてきたと言えるでしょう。

なれずしでは塩分と魚のアミノ酸と組み合わされた乳酸発酵(pH値3.0-4.0)の味わい深さ。

いずしでは塩分を減らしたぶん麹のうまみ成分と甘みを加え、より爽やかな酸っぱさに。

現代型のおすしでは、お酢(pH2.5-3.0)を適度にお米やネタに使うことにより、クセのある発酵臭すらなくし、クリーンでほどよい酸味に仕上げています。

このように、基本的には人間を警戒させる「酸っぱさ」を、心地よく食べやすく仕上げていく、というのがすしの千年の歩みなのです。

おすしは味覚の先生?

日本人はおすしで「酸っぱさ」を受容することにより味覚の訓練をしてきた、と僕は考えます。

それ単体は生きるための必須要素ではない「酸っぱさ」は、他の味覚と組み合わされた時に新たな良さを引き出す力を持っています。

酸がキホン

うまみと組み合わされば、味の輪郭をはっきりさせ、甘さと組み合わされば、お互いの刺激を抑えてまろやかな印象に、脂味と組み合わさればコッテリ感を中和して食べやすく。

そう。
「酸っぱさ」を味方につければ、味覚のバリエーションが一気に広がるのです。そういう意味で、おすしは日本人にとって味覚のことを教えてくれる先生のような存在なのかもしれません。

それでは次回は、おすしの文化的な起源について考えてみたいと思います。お楽しみに!

すしのフォークロア(1)おすしは味覚の先生
すしのフォークロア(1)おすしは味覚の先生すしのフォークロア(2)すしのフォークロア(3)すしのフォークロア(4)
小倉ヒラク (おぐら ひらく)
東京でデザイナーとして活動した後、東京農業大学で研究生として発酵学を学び、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボを創設。「発酵デザイナー」を肩書として、発酵と微生物の素晴らしさを伝えるプロジェクトを手掛ける。著作に『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)、 『日本発酵紀行』(d47 MUSEUM) など多数。2020年、東京下北沢に発酵専門店「発酵デパートメント」をOPEN。

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