
理論派料理人が奏でる和の進化系

寿司は進化して来た食べ物である。大古の昔、メコン川流域で発祥して、中国を経て日本へやって来た。日本では、ホンナレと呼ばれる熟れ鮓がその原点で飯と魚を熟成させ、発酵によって酸味を出す事で保存食にした。今でも滋賀県で見られる鮒寿司はホンナレの一つ。発酵に使った飯は取り除かれて鮒のみを食す保存食になっている。我々が今、寿司と言ってまっ先に想像するにぎり寿司は江戸後期に誕生したもの。それまでには紆余曲折の進化があってやがてにぎり寿司主流の時代に辿り着いた。だから今後どのように進化しようとも、寿司はそのジャンルの中で生き続けるのだ。「世界中でも寿司は特異な料理です」と言うのは、豊中(大阪)のロマンチック街道沿いで「懐石料理とよなか桜会(さくらえ)」を営む満田健児さんだ。ちなみに豊中のロマンチック街道とは、豊中亀岡線のうち少路交差点以北の地域を指し、かつて豊中緑ヶ丘病院の院長が名づけた事からそう呼ばれ出した。付近にはレストラン等が多く林立している。満田さんは、「冷たく酸っぱい米(飯)を魚で食べる料理なんて他国では考えられるものではなく、しかも生魚と合わせるなんて日本独特の発想だ」と語っている。「今までの進化論を見ても今後もっと変わってもよく、欧米のシェフまでが寿司を触ってくれたらもっと面白い料理になるのでは…」と期待に胸を膨らませているのだ。ただ満田さんは、海外での進化がカリフォルニアロール止まりになっているのは、どうやらお気に召さないようで、ならば自分でその進化を一歩でも進めたいと思っている嫌いが強い。満田さんは、「百年後に古典として伝わるような料理を作りたい」と日々日本料理分野にて研鑽している。先人達が飽くなき追求をし、今に伝えて来た技術をもう一歩進ませる事で、新たな古典を作ろうとしている。その一つが鱧ちりの手法。一般的には、沸騰した湯に薄く切った鱧を入れて氷水に落とす。「これでは鱧の身は水っぽくなって旨みが抜けてしまう」そう。だから梅肉という濃い味を付けて味わうのである。ところが「桜会」では、100℃の油に通して熱を入れる。「100℃の油だと沸点に達しておらず、身も縮まないから旨みが抜ける事はない」らしい。油ちりした鱧を丘上げてして油を落とすと、しつこさもなく、鱧本来の味が伝わるようだ。「梅肉のような強いタレは必要なく、紫蘇酢で味わうのがいい」と満田さんは説明してくれた。この新たな手法こそが満田流の和食のスタイルで、百年後に古典になる事を願って料理を作り続けているのであろう。
満田さんが営む「とよなか桜会」は、かつては豊中の桜塚にあった。「桜塚で会いましょう」と命名したらしいが、営業していくうちに個室が欲しいとの思いから今の桜の町に移した。「平安の頃、貴族は春になると花見の宴を開き、それを『桜会(さくらえ)』と呼んだそうです。同じ桜の字がついた町に越したから『桜の町で会いましょう』でもよかったかもしれませんが、日本料理は四季の旬の愉しみを極限まで洗練させたものなので、あえて花見の宴の場にでもしてほしくて名づけたんですよ」と店名の由来を語っていた。満田さんの師匠は“八寸の桝田”と異名を取り、その惚れ惚れする美しさで名を轟かせた桝田兆史さん(「懐石料理 桝田」の前店主)。「桝田」といえば大阪では元祖予約の取れない店として知られた名店である。満田さん自身は「桝田」では働いてなかったが、桝田兆史さんが独立前に料理長を務めていた「榎里(えさと)」で一緒に板場にいて桝田兆史さんも「一番弟子」と認める存在であった。満田さんは、「あべの辻調理師専門学校」を出たての8年間、桝田兆史さんの下で日本料理を教わっている。その後、老舗の「なだ万」で働いた後に独立したのだ。
通称・ロマンチック街道沿いにある「とよなか桜会」は、オスカービル2階のエレベーター前にあるのだが、入口がちょっと変わっている。何でもこの店を設計した建築士の発想で店舗図面が扉に描かれているのだ。初めて来た人は、まさかそこが扉ともわからず、入口を探すというからユニークだ。この扉でもわかるように満田さんの日本料理はかなり変わっている。変わっているといったって世間でいう創作風ではなく、基本がしっかりした中に発想の面白さと、手法の斬新さが随所に見られるのだ。以前別の取材で冬場に訪れた時に、「夏になれば鮎寿司を作って会席内の焼物として提供する」と話していた。ならばこのコラム(職人達の寿司)にぴったりとばかりに今回、鮎寿司の作り方を見せてもらったわけだ。
鮎の火入れと、寿司飯の発想にびっくり!
満田さんの作る鮎寿司は、そんじょそこらの鮎寿司とは趣が違う。この料理が寿司に類するのは、焼いた鮎の下にバジルの寿司飯があるからで、そもそもは鮎を丸かぶりさせたくて作ったらしい。普通なら鮎は蓼(たで)酢で味わうのが多いが、満田さんは鮎には蓼が合わないと考えており、あえてバジルを使っている。バジルは、擂り鉢で擂り潰して裏漉してお粥と合わせる。「フレンチでいうモンテ(ソースにとろみをつける事)のような技法で、ここではしっかりした粥をバターのような感じで用い、粘度をつけています」と満田さんが教えてくれた。飯切(はんぎり)にご飯を入れて米酢を注ぎ、擂ったバジルを加えて巻き簀で巻き平たく押して作る。この酢飯を更に150℃で焼いたら寿司飯部分が完成する。「酢飯を焼いたのは、焼いた鮎の温度と差をつけたくなかったから。それに焼く事で飯も締まるので鮎の乗りもよくなるんですよ」。バジルがふわっと香る程度で、寿司飯としての主張が強いわけでもない。「何せ、鮎には蓼が合わないから別のもので試したくなってハーブ類を使う事にしたんです。その中で最も合うのがバジルだったんですよ」と言っていた。
一方、寿司ダネの鮎は、岐阜産の大きなサイズのものを使っている。その方が頭から丸かじりした時の驚きがあるからだとか。鮎に串を刺して塩を当てて一回焼く。これは鮎の形をつけるのと、仕上がり時に塩焼きに見せたいから。「それに形をつけると煮崩れしにくい」とも説明していた。一旦、焼いた鮎を油に浸けて蓋付きのビタクラフト鍋で102℃をキープしながら5時間火にかける。それをもう一度串に通して焼くのだ。すると、油がすべて落ちて頭が唐揚げのような状態になる。理論派の満田さんは、結論が出るまで色んな事を試している。「料理人なので100℃前後で火が通ると、だいたいの温度はわかっているわけで、あとはその匙過減。99~105℃まで1度刻みで試してみました。すると101℃なら骨が口に残り、103℃なら入れすぎだとわかりました。一番いいのは102℃の火にかける事。油に浸けると香りが逃げずに閉じ込める効果も生まれます。油に浸けてからもう一度焼くのもしっかり焼く事でカリッとして頭から尾まで全て食べられるからです」。
そう説明して作りながら先程のバジルの寿司飯の上に焼いた鮎を載せて我々の目の前で仕上げてくれた。いつもは「鮎を頭から丸かじりして」と言って出すらしい。顧客が頭を食べてから初めてこの寿司の説明をするそうだ。鮎は70gとなかなかのサイズ。この大きさのものを丸かじりするのだからインパクトが残る料理であろう。「エラの後ろが一番旨いというのが、頭からかじるから事でわかるんですよ。一般の焼いた鮎はそこを落としてしまっているから美味しい箇所を食べていない事になります」となかなか手厳しい。満田さんの話では、一般のように炭火で焼くと火が入りすぎて干物みたいになっているとも言っていた。例え全て食べた所で、その味はもう一つなのだとも。「私は理論派なので思いつく手法は全てやらないと気が済まないんですよ。そうしないと他人に言われた時に反論できないでしょ」と笑っていた。鮎は工程上、油に包んでいるので香りや味は抜けておらず、頭から中骨まで全て食せる。唐揚げのように全部食べられる鮎をバジルの寿司飯が上手く添いとげて一風変わった鮎寿司が出来上がっていた。我々は初めて食べるので“一風変わった”と表現したが、「とよなか桜会」の常連は、夏が訪れた証しに当たり前のように食すのだという。満田さんによると、この鮎寿司は6~9月の会席料理の献立内によく登場するらしい。「10月後半の子持ち鮎で作る時もある」というからまた食べに来たいものだと思った。今回の鮎寿司しかり、「新しい古典を作りたい」と言う満田さんの中では、寿司の進化は止まってないようだ。
◆ 懐石料理 とよなか桜会
住所/大阪府豊中市桜の町7-10-7 豊中オスカービル2階 TEL/06-6845-3987
営業時間/11:30~15:00 17:30~23:00
休み/月曜日










