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(14)前略、寿司ダネの生産地から
vol.4 やっぱりズワイガニは冬の味覚の王様!でも、産地の近辺にその寿司が見当たらないのはなぜ? ズワイガニ

兵庫県北部にとって蟹はドル箱!

紅ズワイガニ丼

 冬場になれば蟹の話題に事欠かない。2026年正月に放送したNHK特番では震災復興を目指す能登の漁師が取り挙げられて蟹漁解禁日に一匹に450万円もの高値がついていた。これは石川県がブランド化した「輝」(かがやき)なるものの認定。雄のズワイガニで1.5kg以上、甲羅幅14.5㎝以上で脚が揃っているなどの諸条件を満たしたものに与えられる。「輝」に認定された蟹には九谷焼の青タグが付けられるそうだが、なかなかお目にかかれるものではないらしい。「本当に獲れるのか?」「本当に居るのか?」といったポスターを作り、その希少性を訴えている。

 ズワイガニは、十脚目ケセンガニ科の蟹で、深海に生息する。余りの深さ故に日本の食文化史上に登場して来るのは安土桃山時代に水深200m前後の漁が可能になってから。文献での初出はそれより少し前で室町後期の三条西実隆の日記「実隆公記」に“越前蟹”の文字が見られるにすぎない。ズワイガニの「ずわい」は、楚(すわえ)が転じた言葉で細い脚が枝のように伸びた様を表している。どうやら江戸中期にそう呼ばれ出したようだ。

 ズワイガニは、日本では山口県以東の日本海と茨城県以東の太平洋・オホーツク海にいる。水深50~1200mの砂泥底が彼らの生息場だ。一般的にはズワイガニだが、地域によって呼び名が異なり、石川県では加能ガニ、福井県では越前ガニ、山陰では松葉ガニと称されており、その他に間人(たいざ)ガニ、舞鶴ガニ(共に京都府)、柴山ガニ、津居川ガニ、浜坂ガニ(共に兵庫県)なる名称もある。ズワイガニのイメージは北陸が強いようだが、2019年の産地別データを紐解くと①北海道②兵庫③鳥取④福井⑤石川の順で、兵庫県がかなり水揚げしているのがわかった。

浜坂漁業協同組合 ズワイガニ ブランド

 そこで我々取材班は、兵庫県の日本海側に位置する蟹の産地へ行く事にした。兵庫県の蟹の水揚げは津居山、柴山、香住、浜坂・諸寄の各漁港。中でも浜坂漁港が一番多く兵庫県全体の約4割近くを占めている。蟹漁船も大きく全部で13隻、最大は144tもある。「大型船なので多少の時化(しけ)でも出港できますし、諸寄港を含めると水揚げ港が二つあるので安定して競りが行えるのも一つの要素です」と浜坂漁業協同組合の川越一男組合長が話してくれた。川越さんは元ズワイガニ船の船長で、今は漁協を取り仕切る存在。沖合底引き網漁業やズワイガニ資源管理の推進などの功績で黄綬褒章を受章している人物だ。蟹漁向上のために漁船では直接日光や風雨にさらされないようにしたり、船内の冷海水槽を4tに拡大したりして、いい状態を保つように工夫しているそう。川越さんによると、蟹漁の解禁は11月6日、それから3月20日まで獲るらしい。初めの頃は浜坂沖で日帰りの漁をし、徐々に距離を延ばして行き、遠くは隠岐島の沖まで行く。「浜坂のズワイガニが高く評されるのは、海底土壌の良さにあります。火山灰が堆積した土壌は栄養分をたっぷり含んでいてそこで育つ蟹は旨いんですよ」と川越さんは言う。そして活蟹へのこだわりはただならぬものも感じる。「ズワイガニと一言で表現すると味は同じように思われますが、漁場によって味は異なります。重厚感があって色艶がよく、獲れた海域の違いでその価値は変わって来るんです」。石川県の「輝」の如く浜坂でもブランド価値を高めるために「光輝」(こうき)と「煌星」(きらぼし)の二つのトップブランドを据えている。前者は浜坂ガニの最高級で1.3㎏以上で脚が揃っているなどの諸条件があり、かにソムリエが認定してゴールドのタグを付けて出荷する。後者は次なるブランドで、隠岐西方・東方海域で捕獲し、1.2㎏以上で指が揃っている事(短足は不可)などの条件でシルバーのタグが付けられる。川越さんによると「光輝」が余りに条件が狭いので2022年から「煌星」を設けて条件を広げたところ、2024年は40匹の浜坂ガニが「煌星」に認定されたそうだ。「ブランドを作って世間に浜坂の蟹を知ってもらわないといけない」と語っていた。浜坂では、漁師のみならず、漁協や宿も連携してその売り出しに注力している。活け競りが同漁協の売りで、漁師・選り子・かにソムリエが連携する事で「浜坂の蟹が旨い」とのアピールに繋げているようだ。ズワイガニ船は夜中に港に戻って来てすぐに港の冷海水入りの水槽へ蟹を放ち、そして午前7時半からの競りに間に合うように選別を行う。この時に大事な役目を担うのが選り子で、「浜坂では細かい選別を行うのが特徴的」と川越さんは説明していた。その役割の重要さを表そうと浜坂漁協では選り子をPRするポスターまで作っており、漫画調に制作されたそれには「手間をかけてもいいもの」のキャッチコピーが。漁師の奥さんでもある女性の選り子たちが出演しているユニークなデザインになっている。浜坂漁協の競りではいいものは活けで売り、Bランクはシートに並べて売る。その分類は100種以上に及び、鮮度を保つためにはスピードこそ命の如く、選り分けられて行く。「500g以上のズワイガニを100g単位で売って行きます。市場のニーズは800~900gが多いですね。1ランク違うと5000~7000円ぐらい変わって来るんですよ」と言っていた。浜坂では甘海老やホタルイカも有名だが、何といっても売り上げの95%はズワイガニが占める。やはりドル箱なのだろう。だから余計に神経を費やし、漁や選別を行っていると思われる。

浜坂漁業協同組合 川越一男組合長 浜坂漁協 選り子をPRするポスター

 最後に川越さんにいい蟹の見分け方を聞いていみた。「カニビルが付いているもので、色は重量感のある黄土色っぽいのが旨いですよ。勿論、甲羅の硬さや蟹の重さもありますが、一般人にはなかなかわからないでしょ。だからきれいな色ではなく、少しくすんだ黄土色っぽい蟹で、カニビルが付着したものを選ぶといいのではないでしょうか」。専門家に言わすと、蟹みそも獲れる場所で違うそうで、一杯入っているのは重量に表れるとの話であった。川越さんのお薦めの食べ方はシンプルなもの。ところが調味料にマヨネーズを加えるとさらに合うと言う。「マヨネーズ+甘酢とか、マヨネーズ+醤油で味わうのがいいですね」と笑いながら話していた。「寿司ではどうですか?」と振ると、意外にも蟹漁の本場ではズワイガニを寿司に使う事は余りなく、焼き蟹や茹で蟹が多いそう。「蟹のちらし寿司もありますが、それに使うのはもっぱら紅ズワイガニ。殻が剝き易い紅ズワイガニを使うのがこの辺りの常識です」と話していた。ちなみに浜坂では紅ズワイガニの漁はないらしい。

浜坂漁業協同組合 川越一男組合長 蟹漁船

棒寿司やちらし寿司には、紅ズワイガニが向いている

 取材班は蟹の水揚げ後の話も取材する事にした。向かった先は柴山漁港である。柴山は浜坂から東へ20㎞程行った所にある。この漁港には7隻の蟹漁船が停泊していた。漁港での競りは午前7時から。仲卸しが買付けて直売所で売ったり、卸売市場や魚屋・旅館・民宿などに卸したりする。ここでの取材先は「マルコ山本商店」。柴山漁港のすぐそばで水産加工業を営んでいる会社だ。港そばに直売所もあって、その他「かすみ朝市センター」や「かに一番館」でも小売りを行っている。訪れた昼すぎは、丁度水揚げされたズワイガニを処理している最中。山本邦夫社長自らが茹で蟹を行っている仕事場にお邪魔してズワイガニや紅ズワイガニの話を聞かせてもらった。

柴山漁港 ズワイガニ 紅ズワイガニ

「漁師は10年以上の蟹を獲ります。ズワイガニは一年に一度脱皮し、それを繰り返す度に大きくなって行くんです。だから捕獲ができるサイズになるまで時間がかかるんですよ」と言っていた。綺麗に見えるのは脱皮してから時間がたっていないもので、若い蟹の方が色が綺麗だとか。ズワイガニの雄は大きく、雌は小さい。漁場でいうセコガニとは雌の事で漢字では勢子蟹と書き、別名・香箱蟹とも呼ばれている。内子と外子なる卵を有し、特に内子は濃厚な味わいで珍味好きにはいいだろう。片や雄のズワイガニは身がしっかりして甘みの強い脚身を持つ。山本邦夫さんに「いい蟹を見分けるコツは?」と質問すると、「わかっていたらこちらが教えて欲しいぐらい」と冗談めかしに答えていた。30年以上蟹の仕入れと加工を行っている山本邦夫さんでもいいものかどうか100%当てるのは難しいらしい。だから冗談っぽく答えてくれたのだろう。「蟹はべっぴんさんはダメ。白っぽいよりは、くすんだ色の方がいい」と、浜坂の川越組合長と同じような台詞を繰り返していた。山本邦夫さんは競り落とした蟹を一旦水槽へ入れているのだが、そこから一匹ずつ取り出して秤に載せながら実例を見せては「いい蟹とは…」の話を色々聞かせてくれた。水槽にはマイクロバブルの泡が浮かんでいる。この泡は蟹の汚れを落とす役目もあるそうだ。作業場にはいくつもの大きな水槽が置かれており、卸しとはいえズワイガニは高値だからこの水槽をドル箱と表現してもおかしくはあるまい。2003年11月から柴山漁港で水揚げされたズワイガニは“柴山かに”と名乗るようになってピンクのタグを付けて出荷している。

山本邦夫さん 柴山かに

 山本邦夫さんは、そんなズワイガニを作業場でいくつかは茹で蟹に処理する。茹でた後の汁は塩を入れているので何となく蟹汁っぽい味がする。高温で茹でた蟹を腹側を上にして床に並べて行く。蟹の旨みは水分にあるため逆さに置く事で少しでも水分を抜けないようにするのだ。茹でた後は少し離れた所から水を掛けて冷やして行く。「茹でたら蟹は20%軽くなるんです。このように水を掛けると徐々に染み込み、もとの重量の9割まで回復します。身が乾くと殻から離れなくなるんですよ。いい蟹ほど重さが戻るんです」と語っていた。

茹で蟹 処理 紅ズワイガニ

確かにその一例では茹で上がった時に900gだったのが、1㎏まで戻っていた。茹でた時は水分が出て乾いた状態だったのだが、綺麗な水を含んで9割方戻って行くのだ。浜坂漁港でも言っていたが、柴山でも今年は豊漁らしい。「マルコ山本商店」でも11月に入ると忙しくなり、12月に入ると市場の値が動き、その需要は高まりを見せた。年内一杯はその忙しさが続くようで、山本邦夫さんも「年が明けると落ち着くはずです」と言っていた。

マルコ山本商店 山本邦夫社長 紅ズワイガニ 専用漁船

 山本邦夫さんも蟹の寿司について少しだけ触れてくれた。やはりこの辺りでは蟹の寿司というと紅ズワイガニを使用すると相場が決まっているらしい。「棒寿司やちらし寿司がその主流でズワイガニの殻を割って身を出していたら採算が合わない」のがその理由のようだ。紅ズワイガニは、それを獲る専用の漁船があって兵庫県北部では香住漁港が主流。だから紅ズワイガニを“香住かに”と名乗って売り出しているくらいだ。紅ズワイガニは、漁期が9月~5月とズワイガニより長く、比較的安く手に入る。安い理由の一つは水深400m~2700mと深海に生息するのでカニカゴ漁で大量に捕獲できるから。身はジューシーで甘みが強く、口内でとろけるような食感がする。その旨みは水分から来ているのでズワイガニより水っぽく思える。実は、紅ズワイガニは発見されて歴史が浅い。きっかけは昭和18年(1943)に行われた生物調査による。たまたま隠岐堆で初めから赤みを帯びた(ちなみにズワイガニはもともとは黒っぽく、茹でる事で赤くなる)雄10匹、雌1匹が捕獲され、その殻の色や身の質からズワイガニと異なると考えられた。元農水省水産試験場香住分場の山本孝治さんがその新しく発見された蟹に“紅ズワイガニ”と命名したのである。紅ズワイガニは殻が赤く薄いのが特徴なのでその処理法からも寿司ダネに向いているようだ。

かにの棒寿司 かにの棒寿司 香住の紅ズワイガニ

 「マルコ山本」の山本邦夫社長が言うように豊岡の道の駅(城崎街道 海の駅)には「かにの棒寿司」が沢山売られていた。使用しているのは、やはり紅ズワイガニの棒身で、食すと蟹の上品な甘みが口内でふわりと広がる。紅ズワイガニだけに棒身はジューシー。酢飯とのバランスもいいように思う。店頭での話によると「急速冷凍(プロトン冷凍)で旨みを閉じ込めているから解凍後も作りたてのような風味がする」そう。この「かに棒寿司」とは別に「かに寿司」が復活したとの話もある。かつてJR浜坂駅で名物駅弁として親しまれた米田茶店の「かに寿司」が神戸の弁当製造販売「淡路屋」の手で復活を果たしている。昭和33年(1958)から売っていた「かに寿司」がJR浜坂駅の売店閉鎖や車内販売終了で売り上げが減少し、生産中止となっていたとの新聞記事を「淡路屋」の経営者が読んで「このままでは駅弁の危機」とばかりに継承を持ち掛けて復活に至ったというのだ。「米田茶店」がこだわって来た香住の紅ズワイガニを用いて造り、従来の二駅のみならず新神戸駅やJR神戸駅など販路も広げている。やはり兵庫県北部といえば紅ズワイガニの寿司、その伝統や旨さは残さねばならないと色んな人が取り組んで実現したのだろう。蟹取材で耳にしたちょっといい話である。


〈取材協力〉
浜坂漁業協同組合
住所/兵庫県美方郡新温泉町芦屋663-1 TEL/0796-82-3020
マルコ山本商店
住所/<直売所本店>兵庫県美方郡香美町香住区沖浦911-8 TEL/0796-37-0077
曽我和弘(そが かずひろ)
フードジャーナリスト、フードプランナー。長年雑誌畑を歩いて来て、数多くの雑誌や書籍を手がけて来た。主に食関係のものが多く、関西では食の専門家として常に名前が挙がるほど幅広く活躍している。JR西日本フードサービスネットの駅飲食プロデュース事業にも参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュースして関西での駅ナカブームの火付け役となった。その他、酒粕プロジェクトやオルタナティブアルコールの企画者としても知られている。大阪樟蔭女子大学でも教壇に立っている。

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