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(13)前略、寿司ダネの生産地から
vol.3 前略、寿司ダネの生産地から 四つ手網で獲る珍しいシロウオ漁

四つ手網で獲る珍しいシロウオ漁

 和歌山では、シロウオ漁の光景が見られると春を告げるといわれている。湯浅町と広川町を流れる広川には、左右岸に七基の櫓が置かれ、そこに座って四つ手網という特殊な網を用いて川を遡上するシロウオを掬い採るのだ。シロウオとは、透明な魚体の小魚で、北海道南部から鹿児島にかけて沿岸域に生息する。漁としては湯浅町(和歌山)の他に室見川(福岡)や磯辺川(三重)などが有名だ。河川の下流域で産卵するために春になると川を遡上する、遡河回遊魚である。成長は大きくなっても5cm程、細長い円筒形の小魚で、体はわずかに黒い色素細胞がある以外はほぼ透明。眼球・浮き袋・脊椎などが透けて見える。よく化粧品の広告などに「白魚のような手」と表現されるが、そちらはシラウオ。シラウオ科の魚で姿形は似ているが、全く別の魚。一方、シロウオはハゼ科の魚で、漢字にすると“素魚”と書く。両者はよく混同されるが、呼び名も漢字も魚の種目も異なるから全然別物と思って欲しい。

シロウオ漁 四つ手網

 「2月中旬から3月下旬にかけてシロウオ漁をやっているので来ませんか?」、醤油発祥の地・湯浅町にあって昔ながらの丁寧な醤油造りを行う湯浅醤油の新古敏朗社長からそんな誘いを受けた。以前、私は新古さんより生きたシロウオをもらってそれを料理屋に持って行き食べた事がある。シロウオは、基本は生きたままの踊り食い。鉢や皿の中で泳がして網杓子で掬って食べる。小鉢に移して生きたままのシロウオにぽん酢を掛けて吸い込むように流し込むのだ。地元では踊り食いの他に吸物の椀種に用いたり、かき揚げや玉子とじにしても味わうそう。新古さんは、「軍艦巻きのタネとしても使いますよ」と言っていた。なに?それは寿司じゃないか!!ならば今春こそ行かぬ手はないと、お酢博士の赤野裕文さんを誘って湯浅町まで車を走らせた。

湯浅醤油 湯浅醤油の魯山人醤油

 前述したように、和歌山県湯浅町は日本の醤油発祥の地として知られている。鎌倉時代に宋(中国)に渡っていた僧・覚心が金山寺味噌の製法を持ち帰り、故郷の紀州由良で西方寺を開山し、そこで金山寺味噌を造り始めたのがそもそものきっかけ。金山寺味噌を造った時に樽底に沈殿する液汁が調味料として使えるとわかり、日本の醤油が誕生した。湯浅醤油は創業150年足らずと歴史は古い。未だに木樽を用いて熟成するという昔ながらの製法にこだわって醤油造りを行っている。その当主・新古敏朗さんにアテンドをお願いしてシロウオ漁を取材する事になった。

 シロウオ漁取材の相手は、湯浅町に住む塚田昌秀さん。歴としたシロウオの漁師だが、実は塚本さんは理髪店を営んでいる。なぜ散髪屋さんがシロウオを獲っているかというと、湯浅町の町興しがきっかけ。ある時、先輩から「古いものにスポットを当ててもいいのでは…」とのアドバイスをもらい、シロウオ漁の話が頭を過った。「理容ツカダ」が属する島之内商店街の会長も兼ねていたので商店街を通じて漁業権を有す採取の会に「シロウオ漁をやらせて欲しい」と頼んだらしい。塚田さんは、それが叶えばシロウオまつりも催し、シロウオで町興しをしようと考えていた。「採取の会から了承してもらい、シロウオ漁をやる事に。シロウオまつりも島之内商店街で企画し、三年間実施しました。その後は役場が中心となってシロウオまつり実行委員会ができてずっとやってもらっています」と塚田さんは、そのいきさつを話してくれた。毎年三月に行うシロウオまつりは、シロウオ漁体験やシロウオ掬い、踊り食いなどが楽しめる内容で、今では湯浅町の三大イベントに数えられる程に成長している。

シロウオ漁 シロウオ漁 四つ手網

 塚田さんの話では、シロウオは二月中旬くらいになると、産卵目的で広川を遡上して来るそうだ。町の人によると、広川の新潮橋付近で卵を産むと言っていた。新古さんも「シロウオは真水で産卵するんです。石蓴(アオサ)が生えている所は塩分があるから決して産卵しない。広川の途中に地下水が湧いている所があってその辺りが格好の産卵場になるんですよ」と話していた。卵を産んだらシロウオは死んでしまう。死ぬと魚体が白くなって匂いも発するから処分するという。だから塚田さんらは、産卵に遡上して来るシロウオを四つ手網で狙わねばならない。そうしないと活けのシロウオは得られないのだ。

四つ手網 シロウオ

 四つ手網とは、正方形の網の四隅を十文字に渡した竹などで張り、その交差する点に紐や差し棒を付けたもので、これを水底に沈めておいてシロウオが通れば引き上げて掬い採る仕組みになっている。私も櫓の上でそのロープを持たせてもらったが、かなり重量がある。そんな重たい網を引き上げるのだから重労働。塚田さん曰く「漁を始める前に67kgあった体重が1ヵ月やると52kgまで減る」との話で、「お腹はへこんでスリムになるが、腰に来るからつらい」と笑っていた。

 シロウオは透明なので川を上る姿が見つけにくい。四つ手網の横には白い板が置いてあり、そこを通過する時に影が映るので、察知したら網を引き上げる。ただ雨が降ると、水滴でその影が見づらくなるので漁は中止。風の強い日も網が帆のようになって飛ばされる恐れがあって危険なので漁ができない。塚田さんは朝6時に広川へ行き、10時近くまで漁をする。理髪店から出て13時~15時もまた漁へ。上りの3時間と下りの3時間が勝負なようだ。満潮時に行うので日によって時間も変わる。干潮から3時間後に潮が上がって来るので、その時間は一旦本業(散髪屋)は休止して漁へ。「とにかく潮目を見ないと漁ができない」と話す。「昔は4~5月でも漁ができたんですよ。その頃はたけて来る(エラが張って来る)と言って残念ながら踊り食いはできませんでしたけど…。近年は環境の変化でずっと不漁続きに。今は3月しか獲れません」と嘆いていた。暖かい日は升で計ると3~5合ぐらい獲れると言っていた。

活けの状態でシロウオを寿司にするなんて…

 この日、私達は塚田さんの櫓のそばに立ってシロウオ漁を15時から約1時間くらい観察していた。数としてはあまり獲れなかったが、獲った分だけボウルに入れてもらい、湯浅醤油まで運び、いよいよシロウオの軍艦巻きに取りかかった。取材前に私は獲ったシロウオが息を引き取って白い状態になってから寿司にすればいいと安易に考えていた。ところが塚田さんや新古さんの話では「白くなったら匂いを発するので使えない。生きたままの状態で寿司ダネにしないと意味はない」と指摘するのだ。要は踊り食いの状態で寿司にして食べるというわけである。酢飯を握り、飛び出ないように周囲に高めに設定した(余白部分を多く摂った)海苔を巻く。構想ではそこに生きたシロウオを数匹入れる。ところが活きのいいシロウオは海苔を飛び越えてテーブル上へ出てしまう。なんともはやシロウオの軍艦巻きは難しいのだ。

シロウオ シロウオの軍艦巻き

 それでも海苔を高くして数匹を酢飯の上に何とか載せた。ここで即醤油を垂らすべし!シロウオ達は異物(醤油)が天から降って来て、若干動きが鈍くなる。その一瞬をめがけて軍艦巻きを手に取って口へ放り込む。まさに踊り食いならぬ、シロウオの踊り寿司である!!最初に食べたのは赤野さん、その第一声は「旨い!」の一言。味わった感想は「ツルンとしてプチッとした食感」との事だった。私も続いて食べたが、赤野さんの表現は言い得て妙で、活けのシロウオが口内でツルンと感じ、噛むとプチッと伝わるのだ。新古さんは「地元に長年住んでいるが、こんな風にして食べるのは初めて」と喜んでいる。ちなみにこの時に用いた醤油は、湯浅醤油の「魯山人」。かの食通・魯山人に思いを馳せ、無農薬・無肥料で栽培した大豆や小麦・米で造ったピュアな醤油である。塩角がなくてまろやか、しかも切れがいい「魯山人」醤油で食したからか、シロウオの味が邪魔される事がなく、その旨みがダイレクトに伝わった。それに酢飯がよくマッチしていた。以前、私は料理屋でぽん酢を垂らし、シロウオの踊り食いを味わった経験があったが、寿司とはいえ、それに似た感じの味だった。違いといえば、ぽん酢と醤油の差ぐらいである。一般的なシロウオの踊り食いは、胃に流し込んでしまうので「ツルンとしてプチッ」という食感がない。これは寿司だけに飲み込むわけに行かないから、噛むので「ツルン、プチッ」となるのであろう。生きたままとはいえ、臭みは当然なく、苦みもなかったので赤野さんは「旨い!」と第一声を発したのだろう。

湯浅醤油の新古敏朗社長 シロウオの軍艦巻き

 塚田さんの説明では、シロウオは春の季語になっているそうで、昔はシロウオ漁を見学に来て俳句を詠む人が多かったらしい。今はもっぱら写真撮影目的で訪れる人ばかり。いい作品が撮れて応募するとシロウオまつり実行委員会から賞がもらえるようだ。だからでもないだろうが、取材日にもカメラを抱えた趣味人がちらほら見られた。ところで、いらぬ心配かもしれないが、塚田さんがこうして漁をしている間、散髪屋さんのお客さんはどうしているのだろう。帰りがけに漁をしている塚田さんに気になって尋ねた。すると「お客さんといっても湯浅町や広川町の人ばかり。皆さん、私がシロウオ漁をやっているのを知っているので、そんな気にしていませんよ」との回答。町の人といい、シロウオ漁の光景といい、湯浅町はのどかでいい(笑)。

湯浅醤油の「魯山人」で食す シロウオ漁 赤野さん 湯浅町
〈取材協力〉
湯浅醤油
住所/和歌山県有田郡湯浅町湯浅1464 TEL/0737-63-2267
※醤油蔵見学(所要時間約20分)あり。見学時間9:00~16:00。予約・問い合わせはTEL:0737-62-2100
曽我和弘(そが かずひろ)
フードジャーナリスト、フードプランナー。長年雑誌畑を歩いて来て、数多くの雑誌や書籍を手がけて来た。主に食関係のものが多く、関西では食の専門家として常に名前が挙がるほど幅広く活躍している。JR西日本フードサービスネットの駅飲食プロデュース事業にも参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュースして関西での駅ナカブームの火付け役となった。その他、酒粕プロジェクトやオルタナティブアルコールの企画者としても知られている。大阪樟蔭女子大学でも教壇に立っている。

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