
身が厚いから穴子でもしゃぶしゃぶが可能に
かつて淡路島は、若狭や志摩と並んで「御食国」(みけつくに)と呼ばれた。古代から平安期までは、海産物を中心に御食料を宮中や朝廷に貢いだ国をそう称したのだ。平安期の「延喜式」にもその事が記載されており、それだけ食材が豊かだったとの証明でもある。淡路島の南端に位置する由良漁港(兵庫県洲本市)で仲卸しの仕事に従事する「海幸丸水産」の橋本一彦さんから久しぶりに「穴子を食べに来ませんか」との嬉しい便りが届いた。聞けば、2月11日に由良湊神社で「ねり子祭り」(数え3歳の子を氏子がかつぎ、神社からお旅所までリレーする奇祭)が行われるのでその周辺は漁が休みなのだと言う。そのために時間がとれるのと、休みを見越して大きな穴子を水槽で何匹も活け越している(穴子は生命力があるので2~3週間なら水槽の中でも十分元気に生きていられるそう)ので、それで鍋をしてもいいし、時には寿司を握ってもいいと話していた。そんな旨い話に乗らぬ手はないと「ねり子祭り」の翌日に車を走らせた次第である。橋本一彦さんは、淡路島の由良漁港に属す仲卸し人。卸しといっても卸売市場から魚を買う人ではなく、むしろ卸売市場へ売る側。由良漁協に魚介類を水揚げする漁師の魚にまず最初に売値をつけてセリ落とし、各地の卸売市場に魚を出荷する商売をしている。なのでその鮮度たるや推して知るべしであろう。
橋本さんが、この冬の時季に最も薦めるのが大物穴子である。俗に“伝助穴子”と呼ばれているものだ。伝助穴子とは、播磨灘で獲れた300g以上の大きさの雌の穴子を指す。その名の由来は諸説あるらしいが、どうやら兵庫県の昔話によるとの説が一般的。昨今は伝助穴子は人気素材だが、かつては骨が太くて食べにくいから捨てられていた。大きくて役に立たない事から昔話の伝助に似ていると名前が付いたといわれている。穴子といえば夏のものと思いきや、明石浦漁協のHPには「真穴子は夏季で、伝助穴子は冬が旬」と記されているくらいだ。由良漁協は、大阪湾から太平洋側に面しており、明石浦のように播磨灘ではあまり漁をしない。だから厳密には伝助穴子と呼べないかもしれないが、ここではあえて“伝助穴子”と表現したい。現に橋本さんも「由良では伝助というと黒穴子を指す。私達はもっぱら大物穴子と呼んでいます」と話していた。
とにもかくにもこの伝助穴子が旨いのだ。以前、明石の穴子屋の社長が「鰻みたいな、あんな脂っ濃いものは、お江戸の人に食べてもろたらよろし」と言いながら地元で獲れる穴子を自慢していた。カロリーが高く、こってりした鰻よりも低カロリーであっさりめの穴子の方がいいと彼は言いたかったのだろう。穴子屋の社長の言葉ほど強烈ではないにせよ、兵庫県では昔から穴子を好む食文化が根づいている。江戸期の握り寿司を調べていると、代表的な寿司ダネに穴子が出て来る。当時は冷蔵技術がないので羽田沖で獲れた穴子を焼いたり、煮たりしながら握り寿司のタネにしたようだ。今では穴子の産地といえば、兵庫県や広島県が名高い。特に播磨灘は砂地が多く、穴子が棲み着き易い。夜行性で昼間は砂泥に身を潜めたり、岩間に隠れたりしており、夜になれば餌を求めて動き出す。そこを底引き網で獲るのだそう。
穴子は低カロリーで脂が少ないと書いたが、鱧と比べると、脂質は多いようだ。特に身体が大きい伝助穴子は、脂っ気が少し強いように思える。淡路島の浜(漁場)では、伝助穴子をしゃぶしゃぶにして楽しむ。一般的な真穴子なら身が薄っぺらで、しゃぶしゃぶのような鍋素材には適さないが、伝助穴子は身が厚いので十分しゃぶしゃぶにできるわけだ。但し、身が厚いという事は骨も大きいから鱧のように骨切りをしないとなかなか食せない(鱧ほど神経質に骨切りする必要はないが…)。その身を沸いた鍋に潜らせると、脂が出て濃厚な風味になる。甘みも鱧よりは強いからか、旨みをたっぷり感じるのだ。けれど時にはこの脂っ気がやっかいで鱧ほど多く食せない(だからといって沢山鍋物に出す店はあるまい)。そんな特徴が伝助穴子にある。
「海幸丸水産」の橋本さんが、この日提供した穴子は1.5kgもある大物。普通、料理屋で180~220gのものを使うといえば、どれくらい大きいかわかってもらえるだろう。橋本さんは、「穴子の持つ甘みを味わって欲しいのでうちでは800~1kgのものを狙ってセリ落とすんですよ。今日のは1.5kgはあったので旨みも抜群だと思います」と出して来た。橋本さんは、漁港で1.5kgもある穴子を捌き、それを家に持ち帰って裏の倉庫に設置している鱧の骨切りマシンにかけて骨切りするのだ。一般的に料理屋では800gの鱧を仕入れて骨切りするのだから穴子といえど1.5kgもあれば骨切りが必要となって来る。「海幸丸水産」では鱧の注文が多いために昨今は専用の機械を使って骨切りするという。今回の大物穴子もその機械にかかって鱧と同じような骨切りが施されている。「この機械による骨切りは職人レベル。それにいくら切らせても文句は言いません」と笑っていた。
漁場で伝助穴子の寿司を堪能
さて、私の本論は伝助穴子を使った寿司にある。橋本さんは、鍋とは別に捌いた穴子を使って焼き穴子と煮穴子を作ってくれた。「海幸丸水産」は、寿司屋ではないので焼きもフライパンを用いての素人っぽい粗めの調理法に。むしろこの方が漁師めし風で面白い。煮穴子とて小鍋で煮込み、醤油、みりん・砂糖・酒で甘めの調味を施している。
焼き穴子と煮穴子の握り寿司を味わう前にふと思いついた。せっかく漁場まで来ているのだから生で穴子を食べたいと_。料理屋で生の穴子が出る事はめったにない。余程新鮮でないと出さないからだ。それともう一つの理由が穴子や鰻、鱧などの身の長い魚は、血液にイクシオトキシンなる毒を含んでいるために大量に食してしまうと腹痛・下痢・吐き気などを起こす可能性がある(命を落とす程の猛毒ではない)。この毒はタンパク質なので熱を加える事で毒性がなくなる。だから焼いたり、蒸したりして店では出て来るのだ。「そんなに多くを食べなければ」と言いながら生の伝助穴子を刺身と握りで出してくれた。生で味わう穴子は甘みが直に舌に伝わって来る。上身の方が厚さもあるので旨い。大物穴子だけに弾力性がある。「小さいと皮が薄いのでもう一つですが、この穴子は大物なので皮も旨いでしょ」と握り手もご満悦気味だ。
そもそも橋本さんと知り合ったのは2000年代の初めだから、かれこれ20年ぐらいのつきあいになる。某飲食店のプロデュースをした時にいい素材を仕入れたくて港を訪れたのがきっかけだ。その時に橋本さんは「その日水揚げされた魚でピカイチのものは売らずに私のおかずになるんです」なんて話していた。なんて正直な人との印象を受けると同時にまさにセリ人の特権でいい魚を常に食していると思った。漁場では、冬場の伝助穴子を水槽で活け越し、泥吐きをさせてから調理する。鮮度がいいので刺身にする時もあれば、今日の私のようにしゃぶしゃぶで食す。穴子の頭や骨で摂っただしに身を潜らせ、パッと花咲くようになれば食べ頃。浜の人でさえ、穴子とはこんなに甘みのある魚なのかと実感するという。橋本さんは、捌いた穴子の骨をきれいに掃除し、油で二度揚げにする。「穴子の骨の唐揚げが凄く旨く、カルシウムもたっぷり。うちではポテトチップスがいらないくらいで、まず子供達のおやつはコレですね」と語っていた。漁場ならではの感想で、捨てる所さえないのを物語っている。
ところで肝心の握り寿司はというと、寿司職人の手によるものではないので、少々粗めの作りだが、伝助穴子の身は大きくて厚い。赤酢(「三ツ判山吹」)で作った酢飯がすっぽり隠れてしまうくらいだ。酢飯は、穴子自体に脂が乗っているから、あえて赤シャリにした。「料理人によっては、夏のさっぱりした穴子がいいと言う人もいれば、冬の脂の乗ったものを好む人もいます。私達、漁場関係者の間では、魚の旬は二回あると言っています。夏に旨いものは、冬にも旨い。この穴子がそうなようにね。ただ鱧だけは冬眠するので冬に揚がらず、せっせと餌を蓄える晩秋が旨いと伝えているんですよ」。そんな話を聞いて頷く事しきり。鯛は桜鯛と紅葉鯛があるし、鰹も初鰹と戻り鰹がある。橋本さんによれば、フグも夏場は旨いとの話であった。
漁師めし風ながら焼き穴子の握り寿司と煮穴子の握り寿司がなかなかオツな味わい。街場とは、鮮度が違うといってしまえばそれまでだが、なんか豪快で寿司屋で食す寿司とは趣が異なっていい。ちなみに焼き穴子は、焼く時に少し塩と酒を振って焼き上げ、握った寿司に醤油を漬けて食べた。片や煮穴子は、醤油・酒・みりん・砂糖で予めに味付けしているものの、握ってから同様の調味料を煮詰めたタレを塗って味わったのだ。この二つの寿司といい、生で食した穴子といい、浜での隠れた逸品と謳われる伝助穴子のしゃぶしゃぶといい、御食国の贅を味わったようだ。
橋本さんの話では、「夏場は大物穴子の水揚げが少ないが、なぜか冬場には網によくかかる」そう。獲れるといっても100匹獲れたらそのうち一匹が関の山。今回私が食べたのは特大サイズで、千匹に一匹あるかどうかのレアものらしい。「海幸丸水産」では、大物穴子が揚がったら積極的にセリ落としに行くようだ。卸売市場への出荷より個人客でグルメな人からの注文が多く、通販でも出しているとか。「一回味わったら、また次もという人が多くて料理屋よりもむしろそんな人向けに仕入れている」と言っていた。穴子は一般的な魚より長く活け越せる。大抵は2~3週間が目安だが、尾がすれて来ても1ヵ月ぐらいは大丈夫らしい。だから橋本さんの浜の水槽には沢山の大物穴子が泳いでいる。その恩恵にあずかったのが今回の取材であった。
◆ 海幸丸水産
住所/兵庫県洲本市由良4-2-30 TEL/0799-24-0412







