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vol.5 神戸のサーモンは、酒粕を喰って育つ?! 神戸のサーモン

サーモンも酒粕を食べると、その身が変わる!!

神戸元気サーモン サーモン寿司

 寿司ダネの人気ランキングでは、現在マグロとサーモンがしのぎを削っている。サーモンは、クセがなく、程良い脂があって食べやすい事から特に子供には人気があるようで、某調査の回転寿司分野ではマグロを抜き去って13年連続1位に輝いているという。ところが、この現象は昔からの寿司通には、ちょっと不思議にさえ思えてしまうようだ。なぜなら約30年ぐらい前までは鮭の握り寿司なんてありえない話だったからだ。「鮭は寄生虫がいるので生食なんて以ての外」。それが昭和期の世間の常識だった。サーモンを寿司ダネにして普及させたのは、在日ノルウェー大使館に勤務していたビョーン・エイリク・オルセンさん。ノルウェーサーモンの売り込みに伴い、塩干物扱いでは値が安く買い叩かれてしまう事から生食用に、つまり寿司ダネにとアピールしたのである。幸いノルウェーサーモンは鮭と違ってアニサキスがおらず生食にも耐えられる。太平洋産の鮭と区別する事で日本に売り込んだ。くしくもその頃は、回転寿司ブームのまっ最中。職人が握る寿司屋とは異なり敷居も低かったので、回転寿司店ではいち早くノルウェーサーモンを導入し、人気寿司ダネに仕立てたのである。

 ところでサーモンとトラウトの違いをご存知だろうか。一般的にサーモンは鮭、トラウトはますと訳されているが、生物学上は明確な区別がないらしい。かつて鮭は海で獲る大きなもの、鱒は淡水で獲れる小さなものとの大雑把な分け方がなされていた。だが、今では淡水で生まれた鱒を海水で養殖する、いわゆるトラウトサーモンもあってその区別がなかなかややこしい。我々が寿司屋でよく見かけるサーモンは、トラウトサーモンが主流。つまり外国産か、養殖と考えてもらえればいい。だから寄生虫もなくて生食できるのだ。

 寿司ダネランキングでもわかるように全国を見渡せば、あちらこちらでサーモンの養殖が花盛り。鮭の来遊数は全盛期の1/4になっているのに、その供給量をご当地サーモン(養殖サーモン)が補い、需要と供給のバランスに一役買っているようだ。全国でご当地サーモンと呼ばれるものは、120以上ものブランドがある。宮古トラウトサーモン、佐渡サーモン、ホワイト富士サーモンなど話題のブランドがズラリ。中にはオリーブ葉粉末を添加した餌で育てたオリーブサーモン(香川)やレモン果汁を与えた広島レモンサーモンと養殖のやり方に特徴づけたブランドも存在する。今回紹介する「神戸元気サーモン」も餌に特徴づけしたニジマスの養殖。神戸にふさわしく灘の酒蔵から出る酒粕を餌に混ぜる事で特徴を出している。

神戸元気サーモンの養殖 奥谷さん

 神戸といえば、ファッションやスイーツ、西洋料理とオシャレなイメージが漂う。ましてや潮香のする漁業とは全く無縁な印象を受けるのだ。けれども、神戸には須磨や垂水などに漁港が数箇所あって漁師も存在する。片口鰯の稚魚を獲るシラス漁は全国的にも有名だし、イカナゴの釘煮は神戸で誕生し、流行した。そこへ新たにご当地サーモンが加わって漁業での神戸ブランドを形成づけようとの動きもあるのだ。

 「神戸元気サーモン」の養殖を手がけているのは、神戸市漁業協同組合に属する東須磨底曳き会の面々。奥谷知生さんら6隻の漁船の漁師が東須磨サーモン部会を立ち上げ、2018年からニジマスの養殖に取り組むようになった。きっかけは兵庫県からの声掛けらしい。その際手を挙げたのが垂水と須磨浦、東須磨の漁師達だった。その中で垂水がいち早く断念。残ったのは海苔の養殖を行う須磨浦と、底引き網漁を行う奥谷さんら東須磨の漁師で、彼らが、御当地サーモンの養殖を成功させるに至った。ちなみに前者が「神戸サーモン」で、後者が「神戸元気サーモン」と名づけている。似通ったブランド名で少々頭が混乱しそうだが、奥谷さんによると「元気なサーモンに育って欲しいのと、これを食べた人が元気になって欲しいとの意からあえて“元気”の文字を付けた」そうだ。

 奥谷さんら東須磨サーモン部会の面々は、当初愛知淡水より400gのニジマスの稚魚をもらい受け須磨の海で生簀に放ち、育てていた。その頃海面トラウトEPを一日3~4回餌として与えていたようだ。加えて神戸沖で獲れたチリメン(鰯シラス)を購入し、急速冷凍後に小分けして解凍し、与える事も行っている。その方がペレット(固形の餌)だけより喰いつきがよかったからだそう。ただ彼らは、このままでは他産地と差別化しにくく、どこかに神戸らしい印象を持たせられないかと悶々としていたようだ。奥谷さんらが特徴づけを行うとしたら餌の工夫である。「神戸といえばパン文化のメッカで市内のパン屋から出るパン屑を入手して餌に混ぜたらどうだろうと思いました。ところが海浜事業部の人に聞くと、パンにはバターが含まれているため食べたニジマスが肝臓を悪くする恐れも。逆に魚体も小さくなってしまう可能性があると忠告されたんです。それでパン屑を与えるのは断念しました」と奥谷さん。どうしようかと悩んでいた所に知己のあった「神戸酒心館」の坂井和宏さんと偶然駅で出くわし、ふと酒粕を与えるとどうなるのだろうと頭を過ったという。それが今から4年ぐらい前の出来事である。

酒粕は、ご存知の通り日本酒の生産工程で出る副産物 餌に酒粕を入れる様子 酒粕を与える

 酒粕は、ご存知の通り日本酒の生産工程で出る副産物。もろみを搾った後に残る固形物である。ただ「かす」とは名がつくものの、多くの栄養素を含んでおり、日本のスーパーフードに称されるぐらい。人体に健康的効果を与えるなら魚体にもいいだろうと灘の酒蔵の一つ、「神戸酒心館」から「福寿」の酒粕を仕入れる交渉を始めた。私の知る限りでは酒粕を餌にサーモンを育てた例はない。でも他の魚種(鯖)では成功事例があって小浜(福井)の産官学が一体となって養殖している「小浜よっぱらいサバ」はすでにブランドになっている。坂井さんの薦めもあって私が企画している「酒粕プロジェクト」に東須磨の漁師達も参加してもらい、1月に催す同プロジェクトマスコミ向け発表会でそのレポートを伝えるのも面白いとなった。

 ニジマスに酒粕を与えると、その効果は絶大。身は鮮やかなオレンジ色になって締まりもある。味も養殖特有のしつこさがなく、あっさりめに。鱒特有の匂いも感じられない。酒粕を与えたものと一般的な餌で育てたものを比較すると歴然で、身の鮮やかさといい、味わいといい、はっきり見分けがつくほど。圧倒的に酒粕を与えた方が優っていた。そして、和食の職人からは「鱒くさくないから造りに使える。生で食せる利点が出た」との証言も得られたのである。奥谷さんらは、飲食店に酒粕で育てたものと一般的な餌で育てたものの二種のサーモンを卸すと、シェフ達がこぞって「酒粕で育てた方が旨い」と太鼓判を押してくれた。なので次年度から自信を持って養殖するようになったと話していた。

奥谷さん 酒粕入りの餌を与える

炙りにして嫌な脂っぽさがなかった神戸元気サーモン

 さて私は、この「前略、寿司ダネの生産地から」の原稿を書くにあたって「神戸元気サーモン」の養殖の現場を見ておきたいと思った。東須磨サーモン部会では、毎年11月頃になると、海上に二基の生簀を組み立て、ニジマスの稚魚を放って養殖を始める。当初は愛知から買っていたが、諸々の事情もあって、今では鳥取からスチールヘッド(ニジマス)を持って来て育てている。それを5ヵ月くらい須磨の海で育てるのだ。そして3月下旬から4月になれば出荷する。出荷時期は短く、水温が20℃に達するGW明けが関の山だとか。私が訪ねたのは4月22日。丁度いい大きさに育ち、出荷最盛期を迎えた頃である。

 東須磨の港より小船に乗って約5分程行くと、須磨シーワールド(水族館)から海を挟んだ湾内にその生簀があった。奥谷さんの船が近づくや、なぜかニジマスは活気づく。「あの旨い餌が来た」とばかりに飛び跳ねるのだ。東須磨サーモン部会では、一般的な餌は自動餌やり機で定時間ごとに与えている。その餌を放っても活気づかぬのに、酒粕を混ぜた餌を漁師の手でやると、やおら飛び跳ね、我先にとばかりに餌を取り合うのだ。餌は魚粉と大豆かすを乾燥させたものに酒粕を染み込ませており「神戸酒心館」から分けてもらった酒粕をミキサーで液状にして従来の餌に混ぜ合わせて使っているという。「初めは一般的な餌で大きくし、ある時期から酒粕を与えます。色んな養殖例を参考にして出荷までに計21回その手の餌を与えています。喰いがよくなった事もあって今では平均2kgぐらいまで大きくなりました」。奥谷さんによると、最も大きくなったのは3.5kgもあったそう。「スチールヘッドは降海型のニジマスで、体長より体高(背側から腹線までの長さ)が大きくなります。筋肉も凄くて、まるでマッチョなサーモンのよう」と表現していた。「神戸元気サーモン」をよく知る料理人も「弾力が半端じゃない。体高があるから旨いとされる腹辺りの身が沢山採れるのがいい」と話していた事があった。

奥谷さん 神戸元気サーモン

 4月22日の夜は、その酒粕の供給元である「神戸酒心館」の日本料理店「さかばやし」で、「神戸元気サーモン」を使った食事会が開かれた。題して「神戸元気サーモンと吟醸酒を楽しむ会」で、参加者は「さかばやし」や「神戸のとびら」(神戸観光局)で募集した一般客である。平たく言えば、「福寿」の酒粕を食べた御当地サーモンをアテに「福寿」で一杯飲ろうという試みだ。この日振るまわれた料理は、「神戸元気サーモン」の会席で、吸物と食事(ご飯)、デザート以外は、全て「神戸元気サーモン」が使われていた。私もご相伴に預かったが、圧巻はメインの「神戸元気サーモンと淡路島レモン産鍋」。だしに輪切りレモンを浮かべて酸味を持たせた中に「神戸元気サーモン」をしゃぶしゃぶして食べるという内容のものであった。まさに魚が新鮮でないとできない代物で、鱒くささがないからだしに潜らせて半生状態で味わえる。酒粕で育てた御当地サーモンだから味わえる絶品料理といえよう。

神戸元気サーモン 切り身 神戸元気サーモンと淡路島レモン産鍋 「神戸元気サーモン」をしゃぶしゃぶして食べる

 ところでこの記事は「すしラボ」に載せなければならない。なので「神戸元気サーモン」の寿司が必要なのだ。先の会席料理には出なかったが、特別に私だけその寿司を味わうことにした。後日「さかばやし」を訪問すると、大谷直也料理長が二種の「神戸元気サーモン」の握り寿司を披露してくれた。一つは一般的なタイプの握り寿司で、もう一つは炙りタイプである。大谷料理長は「神戸元気サーモンは、身の締まりがよくて、下処理していてもしっかりしすぎて骨が抜けないぐらい筋肉質」と評していた。獲れたてより1~2日寝かせた方が旨みが増していいらしい。あえて一つを炙りにしたのは、養殖独特の脂っぽさがないからのようだ。時に回転寿司で炙りサーモンを食すが、私は脂っぽくて苦手である。だが「神戸元気サーモン」の炙りに至っては脂くさくなく、ギトギトしている点が見当たらない。大谷料理長曰く「サーモンの表面をバーナーで炙って薄塩を当てただけで十分その良さが出る」との話であった。まさに脂っぽくなく、あっさりしている。これも酒粕効果だと思われる。「酢味噌でもいいのですが、木の芽味噌の方が濃厚な味わいに。炙っているから醤油より味噌の方が締まるんですよ」と話してくれた。酢飯には「三ッ判山吹」を使った赤シャリが、これまた酒粕でできた酢を使用している。これらの寿司をアテに日本酒を飲ると、なんて酒粕は偉いんだろうと思ってしまった。

神戸元気サーモンの握り寿司 神戸元気サーモンの炙り寿司 「さかばやし」大谷料理長 サーモンの握り寿司
〈取材協力〉
◆ 東須磨サーモン部会
住所/神戸市須磨区若宮町1-1-4 東須磨漁業振興会内 TEL/070-6509-7959(神戸元気サーモン)
蔵の料亭「さかばやし」
住所/神戸市東灘区御影塚町1-8-17 神戸酒心館蔵敷地内 TEL/078-841-2612 営業時間/11:30~15:00、17:30~21:00 休み/水曜日
曽我和弘(そが かずひろ)
フードジャーナリスト、フードプランナー。長年雑誌畑を歩いて来て、数多くの雑誌や書籍を手がけて来た。主に食関係のものが多く、関西では食の専門家として常に名前が挙がるほど幅広く活躍している。JR西日本フードサービスネットの駅飲食プロデュース事業にも参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュースして関西での駅ナカブームの火付け役となった。その他、酒粕プロジェクトやオルタナティブアルコールの企画者としても知られている。大阪樟蔭女子大学でも教壇に立っている。

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