
はじめまして。小倉ヒラクです。僕は「発酵デザイナー」という肩書で、日本各地の発酵文化を訪ねる仕事をしています。この連載では、おすし文化の進化系をご紹介していきます。
東海地方は実はおすし大国?
先日、すしラボ編集部のみなさまと一緒に東海のおすし文化を訪ねる取材をしてきました。
このサイトの運営をしているミツカンの本拠地、愛知県半田をはじめ、東海三県には様々なバリエーションの郷土ずしがあります。実は東海地方は全国有数のおすし王国なんですね(個人的には隣接する北陸三県と双璧だと思っています)。
今回は過去に取材した東海の郷土ずしの中から、三重のてこねずしと岐阜のアユのなれずしを紹介しようではありませんか…!
漁師町のファストフード、てこねずし
志摩半島の港沿いにある地元民で賑わう食堂で、御当地グルメ「てこねずし」の仕込みを見学させてもらいました。
てこねずしとは、季節の魚(2月に訪ねた時ははカツオでした。マグロやサワラ、ブリでもつくるそう)を醤油で漬け込み、それを酢飯に混ぜ込んでしょうがと大葉を散らす、というめちゃシンプルな料理。「ちらしずしの原風景では…?」と思ってしまうような、素朴で愛らしい佇まいです。
印象的なのは、とにかく大量にお酢と砂糖を使うこと!
カツオの醤油漬けにもたっぷりの砂糖、そして酢飯に至ってはお酢よりもむしろ砂糖のほうが多いのでは?というほどたくさんの砂糖を入れてご飯を味付けしていきます。


甘酸っぱい酢飯の入ったおひつに、甘じょっぱいカツオを大量に混ぜ込み、パタパタとうちわであおいで熱を冷ます。そのうえに細かく刻んだしょうがと大葉をトッピングしてできあがり。醤油の味がうっすら移った酢飯のベージュ色、カツオの濃いルビー色、しょうがのピンクと大葉の緑の四色がなんとも奥ゆかしいカラフルさ。
もう見るだけで食欲爆発!
丼にどさっと盛られたてこねずしを頬張ってみると…これはご飯というよりお菓子?
酢飯の甘さが際立って、おやつを食べているような感覚でおすしをもりもり食べてしまう新感覚。けっこうな量があったはずなのにいつの間にかペロリと平らげてしまいました。
てこねずしは、漁師が忙しい合間にサッとつくってサッと食べられるファストフードとして生まれたもの。長時間の肉体労働で疲れた体にこの甘さと酸味と塩味はベストマッチなのではないかしら。
仕込みの現場にお邪魔してもう一つ感心したのがお酢の使いかた。
まな板とおひつのすぐとなりに一升瓶のミツカン酢を置いて、酢飯をつくる時にはお茶碗にお酢を注いでえいや!とお米にかけるのです。なんと計量の単位はスプーン一杯ではなくお茶碗一杯単位!
食堂の女将さん曰く、嫁入りの時は調味料を測るためのお茶碗を持っていくのがこの地域のしきたりだとか。
そうか。お茶碗ってお酢の計量のために使う道具なんだ…確かに大家族の食事を用意する時には、調味料も大量に使う必要があるもんね。
この食堂に限らず、三重の郷土ずしの現場では、昔ながらのお酢の使いかたを垣間見ることができました。
材料やまないたの横にお酢がなみなみ入ったタライを複数置いておく。魚を捌いたらサッとお酢で手を洗い、魚を野菜を別のタライに入った甘酢にくぐらせる。生モノ扱う時の殺菌と味付けをぜんぶお酢でやる。お酢よ、お前はどれだけ万能なのだ…!
こんな調子でお酢をドバドバ使う現場を、僕の隣にいたミツカンのお酢博士、赤野さんはどのように感じるのだろうか?あまりにもカジュアルに使いすぎて心配になるのでは?と様子を伺ったら、
「いいですね〜。お酢はね、これぐらい気兼ねなく使ってもらっていいんですよ〜」
とニコニコしていました。
この瞬間、ミツカンのみなさまがおすしの啓蒙をしている理由がよくわかりました。オ酢!
川のテロワール、アユのなれずし
それではもう一つ東海の郷土ずしから岐阜の「アユのなれずし」をご紹介します。
岐阜の真ん中から南へと流れる長良川。上流から下流までダムのない清らかな水に棲むアユを漬けてなれずしにする文化が江戸時代から継承されてきました。とはいえ県外にはほとんど出ることのない、幻の郷土ずし、さていかなるものか?
鵜飼い船の発着場のすぐ近くにある料亭でアユのなれずしの製造現場を訪ねてみました。
アユのなれずしの仕込みは、秋口に産卵のために川を下ってくる落ちアユを使います。落ちアユは脂が臭くて焼いてもあまり美味しくないので、おすしにして美味しくいただくわけです。
アユの腹を開いて白子とエラを抜き、1〜2ヶ月ほど塩漬けにします。これで水分を抜いて腐りにくくします。次にアユの塩を水で洗い流して塩抜きをし、陰干しして下準備は終了。ここから本漬けにとりかかります。
アユの腹に炊いたご飯を詰め込み、樽のなかに詰めた炊いたご飯のなかにアユを漬け込んでいきます。米→アユ→米→アユ…と何段にも分けて漬け込み、表面にしっかり重しをして乳酸発酵をさせていきます。
地元の漁師さんたちのスタンダードでは、9-10月に塩漬けし、11月はじめから本漬け、お正月に樽を開けて食べる、というスケジュールだそうな。漁師さんの1.5-2ヶ月程度の早なれアユずし、個人的にはちょっと食感も生っぽすぎてニガテでした。
見学した料亭では、半年ほどしっかり乳酸発酵を効かすタイプの深漬けタイプのなれずし。アユの身がホロホロに崩れてチーズのようなかぐわしいフレーバーに。これなら珍味にふさわしい高レベルの美味しさ!


通常のアユのなれずしは、脂が臭くなりがちなオスの落ちアユを使うのですが、ここではメスの落ちアユでもなれずしを作っています。メスの場合はお腹の卵ごと米に漬け、卵のうま味を引き出していきます。オスと比べると魚の身も柔らかで味もまろやか。さらに通常食べないお米(飯)の部分も卵のうま味が染み込んでクリームチーズのような絶品の美味しさに。
おとなり滋賀のフナのなれずしとアユのなれずしを比べてみると、フナよりも格段に臭みが少ない。これはフナが虫などの小動物を食べる肉食魚なのに対して、アユは岩についた藻を食べる草食魚だからなんですね。
現代人にとってはとっつきにくいイメージのなれずし、入門には実はフナよりもアユのほうが向いているかもしれません。
ということで、東海の郷土ずしのなかから手軽なファストフードの三重のてこねずし、手間暇かけて発酵させる岐阜のアユのなれずしをご紹介しました。
ミツカン本社のある愛知の郷土ずしは、日比野先生の記事をご一読あれ。

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