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(3)すしは「作る」ものではなく、「漬ける」もの

元来、すしは酢で味をつけるものではなく、発酵させて酸味をつけるものであった。
日本のすしのルーツともいわれる滋賀県のフナずしは、少なくとも奈良時代からあったが、今のような作り方になったのは江戸時代の後期である。

すしは「作る」ものではなく、「漬ける」ものであった。
これは発酵ずしが桶の中で、漬物よろしく漬けられたものだったためである。
しかし、早ずしの時代、いや握りずしの時代になっても、そのことばは残っている。
すしを握る場所を「漬け場」、すしを置くところを「漬け台」などと呼ぶのが、その証しである。

日比野 光敏(ひびの てるとし)
1960年岐阜県大垣市に生まれる。名古屋大学文学部卒業、名古屋大学大学院文学研究科修了後、岐阜市歴史博物館学芸員、名古屋経済大学短期大学部教授、京都府立大学和食文化研究センター特任教授を歴任。すしミュージアム(静岡市)名誉館長、愛知淑徳大学教授

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