
江戸前握りずしといえば、カウンターがイメージに湧く。板前を前に、小粋な会話を楽しみつつ、好きなすしをつまむ…。なんて心地よいんだろう。でも、そんなカウンターにも歴史がある。それにはまず、握りずしが生まれてしばらくたった頃まで遡らなければならない。
握りずしは大人気であった。これを楽しむには店へ行くしかなかったのであるが、その店の2通りがあった。ひとつは「料亭型」。これは客がすしの握り手とは顔を合わせず、別室ですしを食べる、いわば「料亭」のような作りになっている店である。今ひとつは「屋台型」。これはすしの握り手が客と対面におり、すしを食べるのもその場で、という店である。その名のとおり、屋台での商売形式であった。
しかし、明治末から大正に差し掛かる頃、「屋台型」のやり方の方が客の人気が出て、やがては「料亭型」の店が「屋台型」の商売方法を真似、というか、「料亭型」の店の中に「屋台型」の店を作り上げてしまう。この「料亭型」の店の中にできたすしの握り手が客と対面にいるというのが、カウンターの原点である。なお、「料亭型」の店舗も、客を座敷から入り口近くまでおろし、テーブルに座らせて食べさせる、という方法へと変わった。これを「食堂型」と呼ぶ。
その後は戦争などの影響ですし屋も真っ当な商売ができなかったけれど、戦後、復興の兆しが見えてくると、「屋台店」と「食堂型」を合体させた店舗では、カウンター人気は止まらずヒートアップし、商売の中心となる。そんな折、東京の「常陸屋」という個別訪問業者が登場する。大きなカウンター席、すしをつまんだ指を洗える個別の水道、目の前に広がるタネケース…。今ならどこでも目にする(目の前の個別水道はこの頃少なくなったが)デザインの店、いわゆる「常陸屋造り」の店舗を売り出したのである。
結果、戦後の新築ブームで、似たようなデザインのすし屋が増えることになった。そのカウンター席とは別にテーブル席がある…、それもこの「常陸屋造り」の影響のひとつ。また、そういった店の延長に、今日の回転ずし屋の店舗がある。







