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(11)アナゴずしの話
− 君と食む三百円のあなごずしそのおいしさを恋とこそ知れ −
女流歌人の初歌集『サラダ記念日』の中で詠まれた歌である。三百円で買えるアナゴずしでも、君とだったら美味しさはひとしおさ、という気持ちを歌っているのであろう。若者たちはこうして恋もすしの味も、大人の味を知ってゆくのである。

すし屋の世界では、アナゴは2種類ある。いや、品種はマアナゴであることには違いないが、旬は初夏と冬。とりわけ初夏のアナゴは「梅雨アナゴ」とも呼ばれ、さっぱりとした味わいが魅力である。
そして、調理の仕方にも関東型と関西型とがある。
関東型はアナゴを背開きにする。武士の街・江戸の伝統か、腹開きは「切腹」といって敬遠される。またそれを切り、背びれ、腹びれ、頭を取り除いてぬめりを落としてから煮るから、口に入れるとほどけてくる。それをタネにして、江戸生まれのすしに握る。江戸湾の、特に羽田産のものが好まれてきており、握りずしの元祖ともいわれる与兵衛ずしでも握られていた。
対して関西型は、合理的な腹開き。「腹を割って話す」ほどに、縁起がいいのだとか。そして、1本ぐるみ、直火であぶる。結果、一本の、芳しい香りのアナゴが焼きあがる。これを関西ずしの棒ずしにしたり、関西独特の巻きずしの芯、さらには五目ずしの上に散らしたりする。関西でも瀬戸内、特に姫路のアナゴは最高とされた。

アナゴは煮たり焼いたりと、手間が大変である。ゆえに、全国的にもアナゴのすしは店屋ものが常とされたのだが、ちょっと変わったすしを紹介しておこう。店で売り買いするものではなく、小豆島の漁師のもの。彼らはこれを「きずし」という。
一見、どこにアナゴが入っているんだ?と不思議に思われるが、細かく切ったもの。これが生のアナゴである。酢で絞ったアナゴの味は、初めての人にも懐かしい感じがする。

復元した江戸の与兵衛ずし。アナゴ(左端)は煮つけて握られている。



大阪の巻きずし(奥)と細巻き(手前)。どちらも芯にアナゴが入っている。



香川県小豆島の「きずし」。この上から錦糸玉子や紅ショウガ、海苔をかけて食べる。



日比野 光敏(ひびの てるとし)
1960年岐阜県大垣市に生まれる。名古屋大学文学部卒業、名古屋大学大学院文学研究科修了後、岐阜市歴史博物館学芸員、名古屋経済大学短期大学部教授、京都府立大学和食文化研究センター特任教授を歴任。すしミュージアム(静岡市)名誉館長、愛知淑徳大学教授

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