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すしの歴史(3) なれずしからナマナレへの進化

まず「ナレズシ」ということばの定義です。「ナレ」とは「熟成させる」「慣れさせる」、つまり発酵させることをいいます。しかしこの単語は人によって使い方がまちまちで、ある人は発酵させるすし全体を意味するものとして使い、ある人はその中の材料を限定するもの(魚とご飯と塩だけを使うもの)を意味するものとして使い、またある人は材料を魚とご飯と塩だけに限定して、しかもご飯を捨ててしまうものだけを指す、といった具合です。これではこれからのお話がややこしいので、私は「ナレズシ」ということばは使わずに、前者の意味で使う場合には「発酵ずし」ということばを使います。また、最後者のものは「ホンナレ(本当の意味のナレズシ、の意)」と呼び、ご飯を捨ててしまわないものは「ナマナレ」ということにします。

滋賀県のフナずし
滋賀県のフナずし。ご飯を食べないという点では古い形態といえますが、今のすしの漬け方は、少なくとも江戸時代末期までに下がります。

さて、日本に伝わったすしはホンナレでした。すなわち、魚とご飯と塩だけを原料に用い、できあがったすしは、魚だけを食べるものだと思われます。もちろん、当時の作り方のレシピが記録されているわけでもありませんし、ましてや絵や写真に残っているわけでもありません。ですから本当のところはわからないのですが、数々の傍証があるのです。 ひとつは日本の絵巻物です。『類聚雑用抄』の「保元2年(平安末期)12月 内大臣殿廂大饗宴」のメニューを描いた絵の中に「鮎鮨」があるのですが、そこにはご飯粒が描かれていません。となりにある「塩鮎」と同じなのです。これで当時のアユずしがご飯を食べないホンナレだった、といいたいのですが、実はこの資料は江戸時代半ばの出来。平安時代に描かれたものではないことが難です。
もうひとつは平安時代に成立した『今昔物語』です。お話の中に、太りすぎに悩む三条朝成のものがあります。彼の食生活を医師が見ていると、大きな鉢に水かけ飯を2〜3杯食べ、おかずにアユずしをもたいらげた、というのです。おかずになるくらいだから、アユずしにはご飯粒はついていないだろう、という傍証になります。また、二日酔いのすし売り女の話もあります。彼女は気分が悪くなり、商品のすしの上にもどしてしまいました。でもその後は戻したものを手でこそぎ、そのまま商売を続けたといいます。すしの表面にはもどした物と見間違うものがついており、しかもそれは、食べる前に除くことが一般的だったのでしょう。だからこそすし売り女は、もどした物を手でこそぎ落しただけで、商売を続けることができたのです。…というのも、傍証にすぎませんがね。

時代は下がって、室町時代へとまいりましょう。この時代は日本人の生活が大きく変わって、食生活でも大転換期を迎えました。そのひとつに、コメが一般にも浸透したことがあります。平安時代に荘園開発ということで、日本に多くの稲田ができます。続く鎌倉時代には肥料が開発され、一株に実る米粒の数が増えました。結果、室町時代になって、日本に米がたくさんできるようになったのです。食べる人も昔のように公家や貴族という上流階級ばかりでなく、より身分の低い人々の口にも入ってくるようになったのはいうまでもありません。多くの人にコメが広がったということは、すしも広がることになりました。
ところが、庶民にとってはコメは大事な作物で、ご飯粒を捨ててしまうなんてことは考えられないことでした。また、発酵させるには時間がかかります。そこで、発酵は長く発酵させるのではなく、酸っぱい味が出ればよい、という考えが出てきます。また、長く発酵させる必要がないのなら、発酵が進みすぎてご飯が箸でつかめなくなるほど、ご飯粒がなくなってしまう…、なんてこともなくなります。こうして発明されたのが「ナマナレ」。ナレが浅くナマナマしいからナレズシ、とでもいうのでしょうか。ともあれこれは、昔の資料でも使われていたことばです。
世の中のすしが魚とご飯の料理となったのは、この時代からのことでした。

滋賀県栗東市のドジョウとナマズのすし
滋賀県栗東市のドジョウとナマズのすし。複数の魚を一緒の桶に漬け込む点では古い形態を残していると考えられますが、これはご飯も食べてしまうすしです
岐阜県岐阜市のアユずし
岐阜県岐阜市のアユずし。典型的なナマナレです。
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