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第5回 ピンクとグリーンが
可憐な精進落とし。
智頭の柿の葉ずし

はじめまして。小倉ヒラクです。僕は「発酵デザイナー」という肩書で、日本各地の発酵文化を訪ねる仕事をしています。
この連載では、発酵の視点からおすしの歴史を辿っていきます。

山の中で見つけた郷土ずし

山の中で見つけた郷土ずし

日本各地の郷土ずしには、それがあまりにもローカルに流通しているゆえに商品化をする醸造メーカーがなく、地元のお母さんたちが手づくりでのみ継承しているものも少なくありません。鳥取県智頭町でつくられている、独特の柿の葉ずしもそんなスペシャルな郷土ずしの系譜です。

鳥取県南部にある智頭町は、人口6000人強の山間の町。川沿いの集落の小高い丘の上に住む料理名人、國政勝子さんが智頭の柿の葉ずしの伝統を守っています。第一回の記事でも説明したとおり、おすしは元々アジアの山間地で貴重な魚のタンパク質を保存するための知恵。智頭の柿の葉ずしもそんな古来アジアのおすしの起源が垣間見れますね。

握りずしスタイルのパーティ食

奈良はじめ近畿でメジャーな柿の葉ずしは、ちまきのように柿の葉でご飯を包んでつくる「押しずし」スタイルなのですが、智頭町のスタイルは柿の葉に握り飯を乗せ、さらにそのうえに具を乗せる「握りずし」スタイル。

葉の緑、飯の白、具のピンクが目に鮮やかで実に可愛らしい。初夏から秋口までにちぎった柿の葉に、酢で〆た白米と鱒(ます)で握ったすしを載せ、その上に山椒の実や穂など季節の香草をアクセントに。それを桶に仕込んで何段も重ね、1〜5日間ほど熟成させます。

なれずしやいずしのような強い乳酸発酵ではなく、主役は魚と米を漬け込む酢の防腐作用。あわせて柿の葉の抗菌作用によって腐敗を防ぎ、お盆の暑い時期の防腐対策としたのでしょう。

「いつからこのお寿司があるのかは知りません。私は祖母から教わって、その祖母もまた彼女の祖母から習ったの。そうやってずっとおばあちゃんの味が続いてきました。私も気づいたら50年以上柿の葉ずしを作り続けています」とシャイに答える勝子おかあさん。一度に何十個と仕込む柿の葉ずし、親族や村のコミュニティの絆の証なのですね。良い話じゃ…!

お盆の精進落し

今でこそ一年を通してお祝いの場で食べられる柿の葉ずし、元はお盆の終わりをつげる精進落しとして食べられていたようです。現代の精進落しは、死者の火葬が済んだ夜に食べる食事のことを指しますが、元は神事や巡礼、重大な災害などが落ち着いた後に「おつかれ!」という気持ちを込めて食べる食事でした。

山深く、肉食を禁じられた土地で、貴重な魚肉と白米をいっぺんに食べられる柿の葉ずしはお盆という夏の一大事を終えた共同体の労をねぎらう「ありがたい山のおすし」だったのでしょう。

年に一度のことだから、見た目も美しく、味も酸味と甘味が効いている。智頭のおばあちゃんの優しさが泣けるほど伝わってくる郷土ずしの真髄。かつての地域文化において、おすしはご先祖や神様と人のあいだをつなぐ重要な食べ物でした。その名残がこの小さな山の集落にひっそりと根付いています。

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小倉ヒラク (おぐら ひらく)
東京でデザイナーとして活動した後、東京農業大学で研究生として発酵学を学び、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボを創設。「発酵デザイナー」を肩書として、発酵と微生物の素晴らしさを伝えるプロジェクトを手掛ける。著作に『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)、 『日本発酵紀行』(d47 MUSEUM) など多数。2020年、東京下北沢に発酵専門店「発酵デパートメント」をOPEN。

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