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第4回 繊細な甘味と酸味。
北陸のかぶらずし

はじめまして。小倉ヒラクです。僕は「発酵デザイナー」という肩書で、日本各地の発酵文化を訪ねる仕事をしています。
この連載では、発酵の視点からおすしの歴史を辿っていきます。

ブリとカブの愛らしいおすし

ブリとカブの愛らしいおすし

魚を米と合わせて乳酸発酵させたなれずし、そして米に加えて麹や野菜を加えたいずしとおすしの進化(余談ですがここで言う進化は「良くなる=進歩」ではなく、バリエーションが違うものが登場して定着する「変化の定着」を指しています)を見てきました。

今回ご紹介するのは、石川県と富山県を代表する郷土料理、かぶらずし。麹を使って漬け込む「いずし」の北陸独自のバリエーションです。

製法をざっと解説してみましょう。アオカブラと呼ばれる、扁平なかたちの在来カブ、ブリの切り身、人参や昆布を塩漬けにします。塩で水分が程よく抜けたら、カブでブリの切り身や野菜をマフィンのように挟んで、甘酒状に溶かした麹床に漬け込みます。やがて具材の水分と麹が混ざり合い、さらに食材のでんぷんやたんぱく質が分解されて、なれずしの乳酸発酵と甘酒の発酵が混ざりあった甘酸っぱいおすしができあがります。麹とカブの上品な白に、ブリのピンクや人参のオレンジがポイントで映える愛らしい見た目です。

ポイントは麹の甘酒化!

なれずしと比べて格段に塩気が少なく、甘味やうま味が際立つ上品な仕上がり。塩分がかなり少なく、一歩間違えると雑菌が繁殖して風味が悪くなりやすくなるため、低温で注意深く熟成させる必要があります。

つくりが繊細なら味わいも繊細で、郷土寿司にありがちなクセがなく、エレガントな酸味と甘味。しんなりしたカブとサバの食感…全国を巡って様々ないずし食べてきたなかでも、このかぶら寿しを一言で言うならば「麗しい」に尽きます。

かぶらずしが他のいずしと違う点は、麹を粒のままでなく、甘酒化して魚と合わせること。これにより、滑らかなテクスチャーと優しい甘味が生まれます。ただしこれはデメリットもありまして。水分が多くなって甘味が強いということは、雑菌汚染を招きやすいということでもあります。雑菌の働きにくい冬場の寒い環境で発酵させないといけません。そして繊細な味わいの代償として、保存性がある程度犠牲になってしまうわけです。

そのため基本的にはお正月過ぎには食べきってしまう、北陸の冬の風物詩になったのですね。
江戸時代に考案された時から、ブリや麹など当時では貴重な食材を大量に使うため、親族やお客さんへの贈答品として重宝されています。

21世紀になっても北陸では現役バリバリのギフト品。冬になるとお母さんたちが県外に出た親類にかぶらずしを送る光景は北陸の風物詩。かぶらずしを受け取った子どもたちは、甘酸っぱいおすしをかじりながら、

「春休みには実家に顔出すか…」

と故郷を想うそうです。

ということで、次回は乳酸発酵からお酢の酸を使ったおすしの次なる進化を見ていきましょう。

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小倉ヒラク (おぐら ひらく)
東京でデザイナーとして活動した後、東京農業大学で研究生として発酵学を学び、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボを創設。「発酵デザイナー」を肩書として、発酵と微生物の素晴らしさを伝えるプロジェクトを手掛ける。著作に『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)、 『日本発酵紀行』(d47 MUSEUM) など多数。2020年、東京下北沢に発酵専門店「発酵デパートメント」をOPEN。

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