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第3回 北海のご馳走全部盛り!
サケのいずし

はじめまして。小倉ヒラクです。僕は「発酵デザイナー」という肩書で、日本各地の発酵文化を訪ねる仕事をしています。
この連載では、発酵の視点からおすしの歴史を辿っていきます。

標津で出会ったサケのいずし

ネーム

縄文時代からオホーツク海から遡上してくるサケを取っていた「サケの聖地」である北海道東、標津町。ここで寒い時期になると、お母さんたちが集まって、サケ尽くしのいずし(飯寿司)をつくります。前回紹介した、米を使って乳酸発酵させた「なれずし」が変化したもの。米だけでなく、野麹を入れ、麹の持つ糖を分解する酵素を活かし、酸味(乳酸発酵)+甘い(麹の糖化)をかけ合わせたリッチな味わいが生まれます。さらに野菜や酒・酢などの調味料も加えたりするので、より食べやすい「ご馳走感」が高められているんですね。

その代わり、塩分も酸も少なくなるので、保存性は弱くなる傾向も。ですので通年で食べるなれずしと違い、いずしは腐敗の起こりにくい寒い時期限定の食べ物になることがほとんど。標津のサケのいずしも、サケが産卵のために川に帰ってくる晩秋から冬にかけてのシーズンに仕込むんですね。

贅を尽くした食材盛りだくさん!

ということで、僕も標津にお邪魔して、お母さんと一緒にサケの飯寿司づくりに挑戦してみました。塩漬けしたサケの切り身に麹や米、甘酢、大根や生姜などの野菜、酒や砂糖などを加えて味を整えて樽に仕込み、発酵させていきます。作りかたは一般的ないずしと同様、なのですが、特筆すべきは材料の贅沢さ!サケの身と麹や野菜をベースに、サケのイクラや氷頭(鼻の柔らかい軟骨)、数の子などの高級食材もふんだんに突っ込んでいくのです。百貨店の催事でよくある「北海道・海の幸全部盛りキャンペーン」仕様。原価を計算したら恐ろしいことになりそうです…!

ギフト用のハレのおすし

仕込みから数週間〜1ヶ月ほどの熟成期間を経てできあがるこのいずし、味はなれずしと違い、甘味とうま味が優勢。品の良い酸味と発酵感が後を追いかけます。いずしの優しい味わいに、高級食材のリッチがプラスされ、いずし界に横綱のようなオーラを放つ標津のサケのいずし。仕込んだお母さんたちにいつ食べるんですか?と訪ねてみると、大部分は遠くに住む親族や知人にギフトとして送ってしまうのだとか。いくらや氷頭はもちろん、そもそも麹だって昔は貴重な食材でした。そんな食材をふんだんに使ったいずしは、自分用ではなく贈り物にするのです。これもおすしのルーツは神様へのお供え物であること、つまり自分以外の尊い存在に捧げる「ハレの食事」であったことをあらわすエピソードです。

標津のサケのいずしに限らず、滋賀のフナのなれずしや、次回紹介予定の北陸の冬の風物詩、かぶらずし(在来カブとブリのいずし)もギフトに喜ばれます。発酵おすしの原点は贈り物。誰かのことを想っていずしを仕込む…なんともいじらしい食文化ではないですか…。

ということで、次回は石川県富山県に伝わる「かぶらずし」を取り上げてエレガントなおすしの誕生を見ていきましょう。

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小倉ヒラク (おぐら ひらく)
東京でデザイナーとして活動した後、東京農業大学で研究生として発酵学を学び、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボを創設。「発酵デザイナー」を肩書として、発酵と微生物の素晴らしさを伝えるプロジェクトを手掛ける。著作に『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)、 『日本発酵紀行』(d47 MUSEUM) など多数。2020年、東京下北沢に発酵専門店「発酵デパートメント」をOPEN。

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