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第1回 なれずしと神饌しんせん 
おすしは神様の捧げもの

はじめまして。小倉ヒラクです。僕は「発酵デザイナー」という肩書で、日本各地の発酵文化を訪ねる仕事をしています。 この連載では、発酵の視点からおすしの文化を紐解いていきます。

ご先祖様に捧げるおすし

お供え物としてのなれずし

日本史に最初に登場するおすしはどんなものだったのでしょうか?平安時代に成立した朝廷儀式を執り行うための法典『延喜式』の献上品リストになれずしが登場します。この当時のおすしは、グルメなご馳走というよりは、高貴なお供え物なものだったのですね。

琵琶湖近くにある滋賀の三輪神社では、年に一度どじょうのふなずしを漬ける古代の風習が残っています。なんと!どじょうを生きたまま米と塩に漬けて乳酸発酵させるなかなか残酷な仕込み方で「古代の人身供犠(イケニエ)の名残では…?」という説もあります。ただでさえ黒っぽいどじょうに蓼(たで)の葉をまぶすので、黒茶けたビミョーな見た目。さずかし激烈な味わい…と思って食べたら意外とさっぱりとして美味しかったのが意外でした。

三輪神社では、このどじょうのイケニエ…じゃなくてふなずしは神様へのお供え物。これを神饌(しんせん)と言います。そう。神社でお祭りの時に、お盆にご飯や鯛を盛るアレです。神饌は明治以降に僕たちのイメージする、米と鯛の昆布…みたいなスタイルに全国的に統一されたのですが、その前は地方によって様々な食材が神饌としてお供えされていました。ふなずしの本場、滋賀ではやはりなれずしのお供え。地元の矜持を感じるではないですか…!

ご先祖様への供養

もう一つ、お供え物としてのなれずしのお話。福井県の若狭湾沿いでつくられているサバのなれずしも神事に関係しています。

サバの内臓を数日間ほど塩で下漬け、次に一年ほどかけて糠漬け(へしこ)に。そこからさらにサバの腹に炊いた米を入れ、米の漬け床につけて数ヶ月発酵熟成させます。ここまでがへしこのプロセス。サバのへしこは北陸全体で見かけますが、へしこなれずしはここ若狭名物。

製造現場を見学させてもらった民宿の旦那さんに「なぜこんな手間のかかることを?」と質問したら、「お正月に神様にお供えしていた」とのこと。

その後さらに資料をもとに調べてみると、この神様は歳神(としがみ)様といって、新年にその年の無病息災や農業・漁業の豊穣をお祝いする神様。起源は東アジアに広く見られる祖先崇拝の信仰から来ているようです。

下漬けからカウントすると一年数ヶ月かかるへしこなれずし。先祖への尊敬をあらわすために、三段階かけて発酵させる、特別なおすしだったのでしょう。

日本人には言葉ではなく、料理の手間で尊敬の度合いを表現する文化があります。その最たるものが神饌であり、おすしなのですね。

さてこのへしこなれずし。現代人にとってはしょっぱさが先行してしまうへしこと違い、糠漬けの香ばしい香りとなれずしの酸味と旨味が合体した絶妙の味わい。かつては神様や朝廷の関係者しか食べられなかったなれずし。今は庶民の僕たちも食べられるのは僥倖(ぎょうこう)です。

おなじく神饌であった日本酒と一緒に合わせれば「おお、これが神様のご馳走なのか…」と感慨ひとしおです。

小倉ヒラク (おぐら ひらく)
東京でデザイナーとして活動した後、東京農業大学で研究生として発酵学を学び、山梨県甲州市の山の上に発酵ラボを創設。「発酵デザイナー」を肩書として、発酵と微生物の素晴らしさを伝えるプロジェクトを手掛ける。著作に『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)、 『日本発酵紀行』(d47 MUSEUM) など多数。2020年、東京下北沢に発酵専門店「発酵デパートメント」をOPEN。

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