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北海道札幌の寿司屋「鮨処いちい」の女将 井出美香です。このコーナーでは春夏秋冬の「おすし」にまつわる小話をさせていただきます。

スポーツの秋と言えば、このエピソードが思い浮かぶ。それは8年ほど前のことだ。

私達のようなちいさなお店にも、ときどき有名人がやってくる。 あるとき、地元でとても有名な野球選手が来店され、お寿司を楽しんで帰られた。それはとてもありがたいことだった。偶然にお店にいらしたほかのお客様も大喜び。

それから数週間後のこと。お店に予約して来店されたのは、どう見ても高校生と思われる少年達。
全員が丸坊主にニキビがたくさんある体格のよい男の子4人組だった。
これは、野球部かしらと思いつつ、テーブル席へご案内をした。

「こちらへどうぞ。」 ありがとうございます!と勢いよく返事をしてくれた礼儀正しい少年達。
席に着く前に、こう尋ねてきた。「あの~●●選手が座ったのはどの席ですか?」と聞いてきたのだ。

どこかで選手が来店した話を聞きつけてきたのだろう。この子たちは、●●選手のファンだったのだ。
「こちらのお席です」と答えると、即座に全員でジャンケンが始まった。最初はグー!ジャンケンポン!
一番に勝った少年がお目当ての席に座り、満面の笑みを浮かべていた。それはとても嬉しそうだった。



そして全員、一人前の握り寿司とオレンジジュースを注文。嬉しさのあまりなのか、初めて回らないお寿司屋さんに来たのだろうか、カチコチに緊張している様子だった。私には、それがとても可愛かった(笑)。

食べ終わってお会計の時間になると、全員が母親に持たされただろう5千円札を一枚ずつ出してきた。
それぞれのお母さんたちの心まで見えてくるようで嬉しくなった。
その後は、個別にお会計をしてニコニコの笑顔を見ながら、野球少年達を見送った。

あの野球少年達は、今もまだ、野球ボールを握っているだろうか。



※これは「鮨処いちい」に来られたお客様の実話をもとにした小話です。

井出 美香 (いで みか)
北海道札幌の寿司屋「鮨処いちい」の女将。東京にてキャラクターデザイナーを経て寿司屋のおかみさんになり日々奮闘中。レシピ本発行、エッセイや旅のコラムなど執筆中。
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