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(3)淡路島で出合った大物鱧の行方

 祇園祭、天神祭は、鱧祭といわれるぐらい関西では夏到来と共に鱧が恋しい季節が訪れます。鱧は冬眠する魚なので本当の旬は晩秋に当たります。その理由は冬眠前にせっせと餌を喰うので肥えるからです。それがなぜ夏の魚といわれるようになったのでしょう。京の都は陸地ゆえに昔は人力で魚を運ばなければなりませんでした。夏になると、その暑さが原因で魚がダメになってしまいます。鱧は生命力が強く、水から揚げても24時間皮膚呼吸のみで持つとされ、人の足で京まで運搬しても活けで調理できたのです。京の料理人達は、「いい魚を見つけた!」とばかりに夏の魚として鱧を使うようになりました。以来、鱧は祇園祭には欠かせぬ食材となり、いつしか夏に旬を迎えると伝えられたのです。

淡路島で出合った大物鱧の行方

 鱧は淡泊な魚。そんな味覚も関西人好みだったのでしょう。ただ厄介なのは骨が多いこと。鱧は海底に潜って暮らしているため筋肉や背骨が強く、小骨も多い。細かい骨が身の中に走っており、某料理人が作った骨格標本には3421本もあったそう。それを断つように骨切りします。上手い人は、一寸(3.03cm)の間に24回包丁を入れ、皮と身のすれすれの所で包丁を止めて切って行きます。京の周辺には、堺・三木・越前・関と、包丁の産地があったことも幸いし、鱧切り包丁が生まれ、その技術が関西全域に伝わって行きました。今でも首都圏には鱧の骨切りができる料理人が関西に比べて少ないといわれ、それが関東圏でそんなに食されない理由。なので余計に関西の夏の食材と思われているのかもしれません。


 ところで鱧の産地として有名なのは淡路島。特に島の南端近くにある由良(洲本市)の鱧は、全国的にも知られるブランド魚です。由良漁港で水揚げされる鱧は、淡泊さの中にも脂が乗り旨いのです。漁場で話を聞くと、「3〜4kgもある大物鱧が旨い」と声を揃えます。一般的に料理屋は800gサイズの鱧を仕入れます。料理人はそのぐらいの大きさがいいと言いますが、漁場の人達は「街の人は、本当の旨いもんを知らん」と笑います。俗に大ぶりは大味と噂されていますが、実はまっ赤な嘘。「大きくなればなるほど脂が乗って旨い」ようです。800gを職人が好むのは、大きければ骨切りが難しいから。なので「大物鱧は大味」と言って敬遠するのでしょう。「それに大物鱧は水揚げ量が少なく、漁師町で消費されてしまうのが実情だ」と由良漁協の仲卸しも話していました。


 由良の「海幸旅館」で鱧料理のフルコースを味わうと共に、鱧のちらしずしを作ってもらいました。鱧のちらしずしは、ミツカンの「十目ちらし」を使って作ったもの。「十目ちらし」の具材の他に焼き鱧とイクラ、キュウリ、玉子などが入っていました。「鱧は焼いてタレを塗って甘辛くし、酢飯に合うようにしました」と「海幸旅館」の主人・橋本一彦さん。勿論、使用した鱧は眼前の由良の海で獲ったものです。鱧ずしといえば京都では棒ずしがポピュラーですが、なぜちらしずしにしたのでしょう。その疑問を橋本さんに投げ掛けると、「3kgもある大きな鱧を棒ずしにはできません。大きすぎ、納まり切らず、それにいくらすし飯がいるのでしょうか」と笑っていました。やはり漁場では、大物を好むようで、それがすしにも表れていました。


曽我和弘(そが かずひろ)
フードジャーナリスト、フードプランナー。長年雑誌畑を歩いて来て、数多くの雑誌や書籍を手がけて来た。主に食関係のものが多く、関西では食の専門家として常に名前が挙がるほど幅広く活躍している。JR西日本フードサービスネットの駅飲食プロデュース事業にも参画し、三宮駅中央コンコースや大阪駅御堂筋口の飲食店をプロデュースして関西での駅ナカブームの火付け役となった。その他、酒粕プロジェクトやオルタナティブアルコールの企画者としても知られている。大阪樟蔭女子大学でも教壇に立っている。

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