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(14)巻きずしの危機

節分に恵方巻きを食べるのは、今ではだいぶ一般的になってきた。皆さんのお宅ではいかがだろうか。
もとは昭和初期に流行った、関西地方の花柳界のお座敷遊びであったともいわれるこの習慣であるが、栃木県壬生町の磐裂根裂(いわさくねさく)神社では神社の行事として取り入れ、「福巻寿司発祥の地」を名乗っている。ここのように、神社から巻きずしをおさがりとしていただくことはめずらしいが、今の世の中、変わった巻きずしが家庭で作られていることもめずらしくなっているようだ。


栃木県壬生町の磐裂根裂神社(平成31年2月撮影)。


栃木県壬生町の磐裂根裂神社のお下がりの「福巻寿司」。

たとえば兵庫県明石市にフルセの巻きずし。フルセとは生後1年以上たったキビナゴのことで、つけ焼きにしたものを、このあたりでは巻きずしの芯にする。昔は高価なアナゴの代用として三月節句の時によく作られたらしいが、アナゴが安くなった現代ではだんだん見られなくなり、今では知る人も少なくなった。



兵庫県明石市のフルセの巻きずし

埼玉県秩父地方のきらずずしは、ご飯の代わりにおからを使ったもの。「きらず」とはオカラのことで、通常、オカラのすしといえば魚の姿ずし、棒ずしやちらしずしにすることが多いのだが、ここでは巻きずしにする。芯は作らず、酢味をつけたオカラと野菜の煮物を巻く。また三重県多気町には名物・イセイモを蒸してつぶしてご飯代わりとし、巻きずしにすることがある。こちらはニンジンなどを芯にして巻く。ともに地元では忘れ去られ、遠い昔の話になってしまった。


埼玉県秩父地方のきらずずし


三重県多気町のイセイモの巻きずし

同じような状況下にあるすしが、和歌山県加太(かだ)地方に一例。芯はふつうの海苔巻きと同じなのだが、巻く材料が海苔ではなくワカメ。このすしは「加太のメずし(「メ」は海藻のこと)」と呼ばれ、江戸後期の料理書『名飯部類』(享和2年=1802)にも掲載がある。
ワカメはシート状になったものを買い、巻くだけなら海苔巻きと同様、たやすいのであるが、問題はこのシート。作る人はおらず(平成23年現在)、今となってはすし屋が買い溜めたものを細々と使っている。 もしかしたら、もう食べられなくなっているかもしれないのである。


和歌山県加太地方のワカメの巻きずし

日比野 光敏(ひびの てるとし)
1960年岐阜県大垣市に生まれる。名古屋大学文学部卒業、名古屋大学大学院文学研究科修了後、岐阜市歴史博物館学芸員、名古屋経済大学短期大学部教授、京都府立大学和食文化研究センター特任教授を歴任。すしミュージアム(静岡市)名誉館長、愛知淑徳大学教授

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