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七人の又左衛門

新しい時代を切り拓き続けてきた七人の歴史

文化元年(1804年)。尾州知多郡半田村から、江戸に向け旅たつ酒造家がいた。その人物こそ、今日のミツカンの基礎をつくった初代中野又左衛門である。酒つくりのかたわら、酒粕から“粕酢”を造り始めた又左衛門は、江戸での見聞から自らが手掛ける“粕酢”の可能性を確信。以来、200余年の時を経た平成の世まで、初代又左衛門が注いだ情熱とこだわりは、ミツカングループの企業スピリットとして脈々と受け継がれてきた。

初代 中野又左衛門

江戸の“すし”に目をつけ、本格的に“粕酢”の醸造を手がける。冒険をおそれないフロンティア精神で、今日に至るミツカングループの歴史を拓いた。

二代 中野又左衛門

“酢屋勘次郎”を名乗り、酒造業から酢造りを本業に育て上げた功労者。自ら発案して、芳醇なオリジナル高級酢の開発に成功し、江戸市場に確固たる基盤を築いた。

三代 中野又左衛門

江戸時代に早々と“ブランド”や“特約店制度”といった現代に通じる発想を持ち込む。「安政の大地震」によって被害を受けた地域の復興に尽力するなど、公人としても活躍した。

四代 中埜又左衛門

名字を「中野」から「中埜」に変え、現在のミツカンマークを考案。鋭敏な時代感覚を発揮して、ビール事業をはじめとする新規事業に積極的に乗り出した。

五代 中埜又左衛門

世の中の動きを冷静に見極め、四代目から引き継いだビール事業からの撤退を決断。東西の生産拠点の強化に努めるとともに、工場の近代化や醸造技術の改良にも取り組んだ。

六代 中埜又左衛門

個人商店であった中埜酢店を株式会社化し、初代社長に就任。恐慌・戦争・震災、そして終戦後の混乱と続いた激動の時代を、不屈の精神と攻めの姿勢で耐え抜いた。

七代 中埜又左エ門

30歳の若さで社長に就任し、襲名の際には又左「エ」門を名乗る。全面びん詰め化、純正食品運動、海外進出などに取り組み、老舗のイメージを刷新した。