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プロのお酢とお寿司の歴史 多くのお寿司屋さんから支持されている、ミツカンの業務用食酢、「白菊®」「特醸優選®」の特徴とルーツ

1、江戸時代後期

世界初の酒粕酢の誕生

1804年愛知県知多半島は半田の地にて、ミツカンの創業者、初代中野又左衛門が世界初の酒粕酢を発明しました。風味が大変よく、当時江戸の庶民の間で広がりつつあったにぎり寿司との相性が非常によかったため、またたく間に、江戸中に広がっていきました。又左衛門の酒粕酢は、江戸前のにぎり寿司に最適なお酢として成長を始めたのです。酒粕酢を使用したすし飯は、ほんのり山吹色をしており、現在のすし飯の色と異なる特徴を持っていました。

  1. お酢の使用量は、現代の一般的なすし酢の半分、塩分は約3倍と塩辛い味でした。
  2. 寿司飯の大きさは現在の約2倍と大きいものでした。
  3. ネタはそのまま握るのではなく仕事(下処理)がなされていました。

2、明治~昭和初期

お寿司の広がりとミツカンブランドの浸透

明治時代に入り氷冷蔵庫が出現し、寿司に使えるネタの種類も増えることで嗜好の変化が起こりました。その結果、江戸前にぎり寿司は、ますます庶民の間に広がっていきました。また、大正時代には、関東大震災の影響で東京の寿司職人が全国に移り住んだこともお寿司の広がりの一助となりました。

ミツカンマークの誕生

明治十七年の商標条例の交付を受けて、明治二十年に四代目中埜又左衛門は、中埜家の家紋である「○に算木」を、「天下一円にあまねし」という易学上の考え方を元に手を加え、現在のミツカンマークを考案し、商標登録をおこないました。

ミツカンマークの誕生

3、戦後~

シャリに色がつかないお酢へのニーズ

太平洋戦争終結後においても、終戦で各地に移り住んだ寿司職人が寿司屋を開業したり、握り寿司屋だけが統制下で営業を許可された背景から、江戸前寿司は全国へ普及しました。
食糧難の当時、特に貴重な白米はその色からも「銀シャリ」と呼ばれていました。酒粕酢を使用したすし飯はシャリに色がつくため、お客様から「古古米」「外米」として誤解される傾向があり、寿司店からシャリに色がつかないお酢の要望が高まりました。

シャリに色がつかないお酢へのニーズ

そして、伝統の酒粕酢と寿司店のニーズを融合させたプロのお酢へ

「銀シャリ」のニーズを実現するために、当時、関西市場で主流だった米酢だけを使って、余計な色のついてないシャリを実現するのではなく、江戸前にぎり寿司の誕生、および発展の歴史をともにし、創業から脈々と受け継がれるミツカンの伝統ある技術を活かした「酒粕酢」の風味とコクを活かす挑戦をしつづけました。

米酢のまろやかな酸味と酒粕のコクを融合 白菊誕生

米酢のまろやかさに、ミツカン伝統の酒粕のコクと風味を生かす配合の研究を重ねた結果、酒粕を隠し味に使用した米酢「白菊」が誕生しました。

 
伝統を引き継いだ酒粕酢 特醸優選誕生

酒粕酢の風味はそのままに、シャリに色がつく度合を軽くする為に、醸造・発酵の研究や工夫を重ねた結果、「特醸優選」が誕生しました。三ッ判山吹の良さを残した酒粕酢です。

あなたにお酢すめコンテンツ これからお酢料理を頑張るあなたに。/お酢料理が定番のあなたに。/お酢を活かすこだわりのあなたに。

  • まずは基本から。
    お酢について知ってください。

  • 酢のものに使う“合わせ酢”もいろいろ。
    好みのあわせ酢をつくってみましょう。

  • お酢は油っこさを和らげます。種類によって異なる特性を使い分けましょう。